小池 政就(こいけ まさなり、1974年6月23日 - )は… 小池 政就(こいけ まさなり、1974年6月23日 - )は、日本の政治家。元衆議院議員(1期)、清華大学社会科学学院客員研究員。 父は、元三島市長の小池政臣。祖父は元衆議院議員の小池政恩。 静岡県三島市生まれ。静岡県立韮山高等学校を経て、上智大学経済学部卒業。 丸紅勤務を経て、2003年、ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院にて修士号取得。大学院在学中から2004年初めまでDewey Ballantine LLP 法律事務所勤務。英国独立系シンクタンクDemosを経て、藤末健三参議院議員政策スタッフを務める。 2012年12月16日の第46回衆議院議員総選挙に静岡1区からみんなの党公認で立候補、小選挙区で落選(5人中4位)するも比例東海ブロックで復活当選。
遠藤 行洋(えんどう ゆきひろ、1962年1月23日 - )… 遠藤 行洋(えんどう ゆきひろ、1962年1月23日 - )は、日本のフリーアナウンサー、実業家、政治家。株式会社エン コーポレーション代表取締役、静岡県議会議員(3期)。 静岡県三島市出身。三島市立南小学校、三島市立南中学校、静岡県立韮山高等学校、青山学院大学経済学部卒業。 北海道テレビ放送勤務、エフエム富士勤務を経て帰郷し、地元局の静岡朝日テレビに入社。報道局のアナウンサーセンター長を務めた後、2000年に静岡朝日テレビを退社。エン コーポレーションを設立し、静岡市内に事務所を構える。 2010年12月12日に行われた三島市長選挙に立候補するも、元自民党県議の豊岡武士に敗れ、次点で落選。 2011年4月の統一地方選挙として実施された、静岡県議会議員選挙に三島市選挙区からみんなの党公認で立候補し、初当選を果たす。
坂本 由紀子(さかもと ゆきこ、1949年1月20日 - )… 坂本 由紀子(さかもと ゆきこ、1949年1月20日 - )は、日本の政治家、元労働官僚。自由民主党所属の元参議院議員(当選1回)。 2009年7月5日執行の静岡県知事選挙に自由民主党の推薦で出馬。坂本から推薦依頼を受けた公明党も財政、医療・福祉など12項目で政策協定を結び、推薦した。また坂本は、「(公共事業の価格を)安くすればいいというのは違う。地元建設業は地域を守ってくれている。大事な業界だと思っている」として公共事業を請け負う土建業者に不利となっている、現状の最低制限価格や低入札価格調査基準価格の見直しの必要性を訴えており、静岡県内の土建業者で構成される静岡県建設業協会などが坂本を支援する姿勢を示した。
豊岡 武士(とよおか たけし、1943年〈昭和18年〉3月1… 豊岡 武士(とよおか たけし、1943年〈昭和18年〉3月13日 - )は、日本の政治家。静岡県三島市長(4期)。元静岡県議会議員(3期)。 静岡県三島市出身。三島市立東小学校、三島市立北中学校、静岡県立韮山高等学校卒業。1966年(昭和41年)3月、日本獣医畜産大学(現・日本獣医生命科学大学)卒業。同年4月、静岡県庁に入庁。初代緊急防災支援室長を務めた。 1998年(平成10年)4月から11月まで三島市役所に派遣され、企画調整部長を務めた。同年12月の三島市長選挙に落選後、翌1999年(平成11年)の静岡県議会議員選挙に出馬し初当選した。2003年(平成15年)に再選。県議時代は自由民主党に所属。
小池 政臣(こいけ まさおみ、1940年9月 - )は、日本… 小池 政臣(こいけ まさおみ、1940年9月 - )は、日本の政治家、僧侶。元三島市長(3期)。父は衆議院議員の小池政恩、息子も衆議院議員の小池政就。
榊原 千代(さかきばら ちよ、1898年〈明治31年〉7月1… 榊原 千代(さかきばら ちよ、1898年〈明治31年〉7月15日 – 1987年〈昭和62年〉4月28日)は、日本の雑誌記者、教育者、政治家。衆議院議員(2期)、女性初の代議士の一人。旧姓は間野。 現在の静岡県三島市に生まれる。 1917年(大正6年)、フェリス和英女学校を卒業。1919年(大正8年)、青山女学院英文専門科本科卒業。同年、雑誌「婦人の友」の記者となる。自由学園教授などを経て、1927年(昭和2年)に経済学者の榊原巌と結婚。結婚後、夫とともにドイツとイギリスに留学する。マルブルグ大学(ドイツ)、セリオーク大学(イギリス)等で聴講する。 帰国後、夫・巌が福島経済専門学校(現福島大学経済経営学類)教授に就任したことにより福島県に移り、福島高等女学校で教鞭を執る。
大村 和吉郎(おおむら わきちろう、1844年4月26日(弘… 大村 和吉郎(おおむら わきちろう、1844年4月26日(弘化元年3月9日) - 1915年(大正4年)12月11日)は、明治から大正時代の政治家。衆議院議員(3期)。 伊豆国君沢郡大場村(静岡県君沢郡中郷村、田方郡中郷村を経て現三島市)に生まれる。生家は代々清酒醸造を営んだ。名主役、区長、戸長、君沢・田方郡会議員、同参事会員を経て、静岡県会議員に当選し、同常置委員を務めた。ほか、静岡農工銀行取締役、海産株式会社監査役などを歴任した。 1894年(明治27年)3月の第3回衆議院議員総選挙では静岡県第7区から出馬し当選。第6回総選挙、第12回総選挙でも当選したが、3期目の在任中に死去した。