二俣 翔一(ふたまた しょういち、2002年10月21日 -… 二俣 翔一(ふたまた しょういち、2002年10月21日 - )は、静岡県御前崎市出身のプロ野球選手(内野手、外野手、捕手)。右投右打。広島東洋カープ所属。 御前崎市立第一小学校在学時に黒潮野球スポーツ少年団で、御前崎市立浜岡中学校在学時に小笠浜岡リトルシニアにてプレー。小学生時代のチームメイトに佐々木健がいる。 磐田東高校1年時から遊撃手でレギュラーで、2年夏に捕手に転向。3年夏の静岡県代替大会は4回戦で敗退し、甲子園出場経験はない。また救援で登板した際には140km/h超の速球を投げた。高校通算21本塁打。 2020年10月26日に行われたプロ野球ドラフト会議において広島東洋カープから育成1位指名を受け、11月19日に支度金290万円、年俸250万円(金額は推定)で仮契約した。
佐々木 健(ささき けん、1999年4月2日 - )は、静岡… 佐々木 健(ささき けん、1999年4月2日 - )は、静岡県御前崎市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。プロでは育成選手であった。 小学生時代は「黒潮野球スポーツ少年団」で軟式野球をプレー。同チームでの後輩に、広島で同僚となる二俣翔一がいた。 浜岡中学校卒業後は小笠高校に進学。1年生冬の頃に腰を痛めて出遅れるが、2年生のオフに下半身を強化したことで、球速が1年間で10km/hアップした。3年生の夏の甲子園静岡県大会では、1回戦の浜松城北工相手に15個の三振を奪うも、同大会3回戦で敗退。 同年のドラフト会議にて広島東洋カープから育成3巡目で指名され、11月16日浜松市内のホテルで支度金300万円、年俸240万円(いずれも推定)で契約を結んだ。
佐藤 康幸(さとう やすゆき、1972年5月24日 - )は… 佐藤 康幸(さとう やすゆき、1972年5月24日 - )は、静岡県小笠郡浜岡町(現:御前崎市)出身の元プロ野球選手(投手)。 静岡県立池新田高等学校3年夏は県大会4回戦で敗退。帝京大学へ進学後は、首都大学野球リーグで52試合登板し12勝21敗。 大学卒業後、河合楽器に入社。社会人時代は、2年連続で都市対抗野球に出場して1996年は2回戦で先発したが、川村丈夫(元横浜ベイスターズ)が投げるなど五輪代表選手を擁する日本石油の前に5失点で降板、敗退。同年は京都市長杯優勝投手となりMVPも獲得。同年のドラフト会議で中日ドラゴンズから6位指名を受け入団。 1998年には貴重な左腕中継ぎとして20試合に登板し初勝利も記録した。
長嶋 清幸(ながしま きよゆき、1961年11月12日 - … 長嶋 清幸(ながしま きよゆき、1961年11月12日 - )は、静岡県小笠郡浜岡町(現:御前崎市)出身の元プロ野球選手(外野手)・コーチ、解説者。 日本プロ野球史上、初めて背番号0をつけた人物である。 小学生時代に投手として静岡県大会で準優勝し、浜岡町立浜岡中学校時代は一塁手となるも、自動車工業高では外野手兼投手となり4番を打った。 2年次の1978年、練習試合を見に来ていた広島の木庭教スカウトが、予告本塁打を打った長嶋の打撃力に目を留めた。当時長嶋は阪神ファンであり、阪神の田丸仁スカウトも目を付け、3年次の1979年夏に田丸が自宅を訪問。下位指名の予定を伝えたが、阪神からのドラフト指名は無く、翌日も連絡がない間に、広島、南海から獲得意向の連絡があり、連絡翌日に自宅を訪れた木庭が両親を説き伏せ、仮契約を済ませた。