蔦 絵梨奈(つた えりな、1987年11月28日 - )は、… 蔦 絵梨奈(つた えりな、1987年11月28日 - )は、日本の政治家。葛飾区議会議員(3期))。 愛知県名古屋市出身。ドルトンスクール幼児舎を経て、椙山女学園大学附属小学校、愛知淑徳中学校・高等学校、名古屋大学経済学部経営学科卒業。 2015年4月の名古屋市会議員選挙に千種区選挙区から自由民主党公認で立候補。4,447票を獲得するも、定員5に対し6位で落選。その後、小池百合子の政治塾「希望の塾」に参加し、同党の現役東京都議会議員だった米川大二郎の秘書となった。 2017年8月21日、都民ファーストの会は葛飾区議会議員選挙の公認候補として蔦を擁立することを発表。しかし後に公認を辞退。11月12日に行われた同区議選には無所属で立候補し、3,212票(23位、定数40)を獲得し初当選を果たした後、2021年、2025年と当選を重ねて3期目に入る。
丹下 茂十郎(たんげ もじゅうろう、1880年(明治13年)… 丹下 茂十郎(たんげ もじゅうろう、1880年(明治13年)8月24日 - 1938年(昭和13年)2月4日)は、日本の衆議院議員(立憲政友会)。 愛知県東春日井郡勝川町(現在の春日井市)に、丹下武左衛門の二男として生まれる。愛知県の農林学校を卒業後、東春日井郡の書記、ついで愛知県の技手を務めた。その後、判任官から高等官に昇任し、農商務省農務局事務官補を務めた。さらに滋賀県産業主事、理事官に任じられ、勧業課長、蚕糸課長、商品陳列所所長などを歴任した。 1924年(大正13年)、第15回衆議院議員総選挙に出馬し、当選。以後、6回の当選を重ねた。その間、廣田内閣で大蔵参与官を務めた。
林 小参(小參、はやし こさん、1863年3月9日(文久3年… 林 小参(小參、はやし こさん、1863年3月9日(文久3年1月20日)- 1921年(大正10年)11月21日)は、明治から大正期の農業経営者、政治家。衆議院議員。旧姓・小原。 尾張国春日井郡上条村(愛知県春日井郡和爾良村、東春日井郡和爾良村、鳥居松村を経て現春日井市上条町)で、小原藤三郎の長男として生まれ、皇漢学、英学、撃剣、柔術を学んだ。1881年(明治14年)先々代林金兵衛の養子となり、先代・亡養兄国太郎の家督を相続し農業を営む。 学務委員、勧業委員、東春日井郡書記、和爾良村会議員、連合村会議員、愛知県教育会商議員、愛知県育児院幹事、東春日井郡徴兵参事員、同郡会議員、同参事会員、愛知県会議員、大日本武徳会支部常置委員などを務めた。
堀尾 茂助(ほりお もすけ、1861年10月4日(文久元年9… 堀尾 茂助(ほりお もすけ、1861年10月4日(文久元年9月1日) - 1940年(昭和15年)12月28日 )は、日本の政治家、衆議院議員。名は恭、後に茂助と改名。号は楽斎、庭柏居士。 堀尾吉晴の子孫とされる堀尾義康の息子として尾張国東春日井郡小木田村大字関田(現在の春日井市)で生まれる。剣法、漢学、書法、詩作を学んだ。 東春日井郡書記、小木田村会議員、愛知県会議員、東春日井郡会議員、愛知県農会長などを歴任。自由民権運動に加わり地租増徴案に反対し地価修正運動を推進した。1898年3月の第5回衆議院議員総選挙に愛知県第三区から出馬し当選。以後、第6回、第13回総選挙でも当選し、衆議院議員を通算三期務めた。
林 金兵衛(はやし きんべえ、文政8年1月1日(1825年2… 林 金兵衛(はやし きんべえ、文政8年1月1日(1825年2月18日) - 明治14年(1881年)3月1日)は、明治初期の日本の政治家、農民運動家。本名、林金兵衛重勝。 上条城主小坂氏の末裔で林家28代目当主(今井兼平からかぞえて)。 父に林重郷、息子に林小参(養子)を持つ。幕末の義勇隊の一つである草薙隊の隊長でもある。 尾張国春日井郡上条村(現在の愛知県春日井市上条町)に林家の二男として生まれた。嘉永2年(1849年)に父が亡くなって家を継ぎ、父から金兵衛の名を受け継いで林金兵衛重勝と名乗った。 安政5年(1858年)、水野代官所総庄屋に就き、人々の生活が安定するように努めた。特に、明治9年(1876年)から明治14年(1881年)にかけて、春日井郡の地租改正反対運動の中心人物として活動していた。