長水 啓眞(ながみず けいしん、2005年8月8日 - )は… 長水 啓眞(ながみず けいしん、2005年8月8日 - )は、京都府舞鶴市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。左投左打。福岡ソフトバンクホークス所属。 小学生の時に「中筋少年野球クラブ」で野球を始め、舞鶴市立城南中時代は「舞鶴ボーイズ」でプレーした。京都国際高等学校では3年春の京都府大会で背番号11番としてベンチ入りし、主に先発や救援で2試合に登板した。準決勝の龍谷大平安戦では最速144キロを計測し、3.1回を投げて1失点の好投を見せた。近畿大会準決勝の金光大阪戦で抑えとしてマウンドに上がったが、2失点して敗れた。その後の夏の京都府大会でもベンチ入りを果たしたが登板はなく、チームは準決勝の立命館戦で敗れ、姿を消した。
田村 俊介(たむら しゅんすけ、2003年8月25日 - )… 田村 俊介(たむら しゅんすけ、2003年8月25日 - )は、京都府舞鶴市出身のプロ野球選手(外野手・内野手)。左投左打。広島東洋カープ所属。 舞鶴市立中舞鶴小学校で軟式野球を始め、卒業後は親元を離れて明徳義塾中学校に進学。3年夏の全日本少年軟式野球大会で準優勝した。 その後、中高一貫の明徳義塾高等学校ではなく愛知工業大学名電高等学校に進学。1年春からベンチ入りし、6月に行われた星稜との練習試合では奥川恭伸に投げ勝った。同年夏からエースとなり、登板のない試合では一塁手や外野手としてプレーした。3年春の愛知県大会では左投げながら三塁の守備に就き、話題となった。同年夏は県大会で愛知私学4強の東邦、中京大中京、享栄に全て勝利して優勝し、第103回全国高等学校野球選手権大会に出場した。
亀井 塔生(かめい とうい、1997年2月19日 - )は、… 亀井 塔生(かめい とうい、1997年2月19日 - )は、京都府舞鶴市出身の元プロ野球選手(捕手)。右投右打。プロでは育成選手であった。大伯父は元南海ホークスの中島博征。 高校時代は2年秋から正捕手に座ったが、甲子園出場実績はない。 2014年10月23日に行われたドラフト会議において、横浜DeNAベイスターズから育成1巡目指名を受ける。舞鶴市内の高校生がドラフトで指名されるのは、1981年のドラフトで広島東洋カープに5位で指名された上本孝一以来33年ぶりのことであった。11月21日に入団会見を行い、支度金300万円、年俸360万円で契約した。背番号は「102」。 2015年から3年間、支配下登録選手への移行および一軍での試合出場はなく、2017年10月31日に自由契約公示された。
田川 賢吾(たがわ けんご、1994年5月22日 - )は、… 田川 賢吾(たがわ けんご、1994年5月22日 - )は、京都府舞鶴市出身の元プロ野球選手(投手)。右投左打。 小学3年生の時から野球を始めると、中学生時代には赤星憲広が設立したレッドスターベースボールクラブに所属していた。 高知中央高等学校への入学当初は、外野手としてプレー。2年時の春から投手としての練習を始めると、秋から本格的に転向した。3年春の高知県総体では、高知商業高校との試合で本塁から中堅までの距離が121mである高知市野球場のバックスクリーンにソロ本塁打を放った。3年夏の選手権高知大会では、岡豊高校との3回戦で自己最速の148km/hを記録。無四球1失点という内容で完投勝利を収めた。
金平 将至(かねひら まさし、1991年3月24日 - )は… 金平 将至(かねひら まさし、1991年3月24日 - )は、京都府舞鶴市出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。 小学校2年から野球を始めると、中学校時代は舞鶴ベースボールクラブに所属。高岡第一高等学校進学後は1年からベンチ入り。2年の秋季富山県大会3回戦入善高等学校戦で、富山県新記録となる11連続奪三振を記録。この大会38回を投げ、59奪三振を記録し北陸のドクターKとして注目される。 北信越地区大会は準決勝で丸子修学館高等学校に破れ、4強入り。3年夏は富山県大会準決勝で西野勇士を擁する新湊高等学校に延長戦で惜しくも敗れ、甲子園出場は1度も無かった。高校での実績をスカウトは評価したが、プロ志望届は提出せず、東海理化に入社。
横山 徹也(よこやま てつや、1984年6月26日 - )は… 横山 徹也(よこやま てつや、1984年6月26日 - )は、京都府舞鶴市出身の元プロ野球選手(捕手)。右投右打。 ニックネームは「ゴンゾウ」「ポコヤマン」。 現役引退後の2015年6月19日からシーズン終了まで育成選手として現役に復帰していた(詳細後述)。 福知山成美高等学校では1年秋の府大会準決勝で敗れて3位決定戦では延長13回サヨナラ負け。2年秋は府大会準優勝で近畿大会へ進むが初戦敗退。3年春は近畿大会ベスト4、夏は府大会ベスト4。2002年のドラフト6巡目で大阪近鉄バファローズへ入団した。同級生にヤクルト5巡目指名の大原秉秀がいる。 近鉄入団後は二軍生活に終始。一軍公式戦への出場経験がないまま、オリックス・ブルーウェーブとの合併に伴う2004年末の分配ドラフトでオリックス・バファローズへ移籍した。
山上 直輝(やまがみ なおき、1983年7月29日 - )は… 山上 直輝(やまがみ なおき、1983年7月29日 - )は、京都府舞鶴市出身の元プロ野球選手(投手)、野球指導者。左投左打。 小学4年生の頃から野球を始め、中学はボーイズリーグの舞鶴ベースボールクラブに所属。高岡第一高等高校へ進学。中学・高校チームメイトには中日ドラゴンズ・阪神タイガースでプレーした髙橋聡文がいる。高校卒業後は高岡法科大学硬式野球部へ。2年秋から主戦として登板したが目立った成績はない。 大学卒業後、北陸銀行野球部を前身とする社会人野球クラブチーム・富山ベースボールクラブでプレー。その後、トライアウトを経て元西武ライオンズの竹内和也が監督を務める京都ファイアーバーズへ移籍。 2010年に関西独立リーグ (初代)・神戸9クルーズに入団した。
杉山 直久(すぎやま なおひさ、1980年12月25日 - … 杉山 直久(すぎやま なおひさ、1980年12月25日 - )は、京都府舞鶴市出身の元プロ野球選手(投手、右投右打)・コーチ。 舞鶴市立青葉中学校から東舞鶴高校に進む。2年夏の府大会にはエースとなり、2回戦で4安打完封勝利を収め、続く3回戦でも綾部高校を被安打1に抑えたものの1対2で敗れた。3年夏は4回戦の試合途中に右手中指の皮がめくれ、大谷高校に2対4で敗れている。 卒業後は龍谷大学経済学部に進学し、2年春に対京産大戦で新リーグ史上5人目となるノーヒットノーランを達成し、同季の新人賞とベストナイン特別賞を受賞した。大学選手権では2回戦で先発完投も細川亨のいた青森大に惜敗。同年秋の明治神宮大会では準決勝で先発し、優勝する慶大・山本省吾と投げ合うも敗れる。
上本 孝一(うえもと こういち、1963年4月29日 - 2… 上本 孝一(うえもと こういち、1963年4月29日 - 2006年5月5日)は、京都府舞鶴市出身のプロ野球選手(捕手)、プロ野球審判員。審判員袖番号は3(1988年初採用から2006年死去まで。上本の死去後、審判員袖番号3は一時欠番となっていた)。 西舞鶴高校を経て、1981年のドラフト5位で広島東洋カープに入団。達川光男の存在で出場機会に恵まれず1984年に現役引退。 1985年からセ・リーグ審判員となる。同じセリーグ審判の橘高淳とは同期入局である。生涯通算試合出場数は1412試合、オールスターゲーム2回出場(1993年と2001年。2001年の第1戦で球審)。東京審判部の中堅であったが日本シリーズの出場はなかった。