スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
中村 来生(なかむら らいせい、2003年5月6日 - )は… 中村 来生(なかむら らいせい、2003年5月6日 - )は、富山県高岡市出身のプロ野球選手(投手)。右投左打。 高岡市立志貴野中学校時代は軟式野球部に所属。 高岡第一高等学校では、2年生の秋季大会前に腰椎分離症を発症しベンチ入りメンバーから外れた。その年の冬は体力作りに励み、3年の春季県大会でエースとして復帰。1回戦で滑川を完封するなど県大会優勝に大きく貢献したが、続けて出場した春季北信越大会は初戦で新潟明訓にコールド負けを喫した。夏の県大会は決勝に進出し、40年ぶりの夏出場にあと1歩まで近づいたが、決勝で高岡商に敗れ甲子園出場はならなかった。 2021年10月11日に開催されたプロ野球ドラフト会議では、広島東洋カープから育成選手ドラフト3位指名を受け、支度金290万円・年俸250万円という条件で入団した(金額は推定)。
梅基 天翔(うめもと かける、2000年1月5日 - )は、… 梅基 天翔(うめもと かける、2000年1月5日 - )は、ラグビーユニオンの選手。 2018年、高岡第一高校卒業後、京都産業大学に入る。 2023年1月、アーリーエントリーでジャパンラグビーリーグワンの三菱重工相模原ダイナボアーズに加入。同年3月、京都産業大学卒業。 2025年5月、三菱重工相模原ダイナボアーズを退団。
荒田 恭兵(あらた きょうへい、1996年3月9日 - )は… 荒田 恭兵(あらた きょうへい、1996年3月9日 - )は、日本のハイダイビング選手、飛込競技選手。富山県高岡市宮田町出身。 日本におけるハイダイビング競技の第一人者で、2023年現在も日本国内の競技者は荒田ただ一人とされる。 幼少期から剛柔流空手を習っていたが、高岡市立横田小学校4年生の時、飛込教室の案内を見て「誰もやってない。目立てると思った」という動機から高岡スイミングクラブで飛込競技を始める。高岡市立高岡西部中学校進学後から飛込競技に一本化すると、3年生時の国民体育大会出場を機に実力を伸ばす。高岡第一高等学校でも競技を続け、全国高校総合体育大会の高飛込で3位の成績を収めた。 飛込競技での伝統校・教員養成系の日本体育大学体育学部に進学後、2016年(3年生時)に日本選手権のシンクロ高飛込では僅差の2位に終わるも、翌2017年(4年生時)には遠藤正人とともにシンクロ高飛込で優勝を果たす。
向 翔一郎(むかい しょういちろう、1996年2月10日 -… 向 翔一郎(むかい しょういちろう、1996年2月10日 - )は、富山県高岡市出身の日本の柔道家。階級は90kg級。身長178cm。組み手は左組み。得意技は内股。メイプル超合金のカズレーザー似とも言われている。 父親が柔道の指導者だったこともあり、4歳の時に姉の向奈都美に続いて柔道を始めた。小学校1年の時に新潟県へ移ると、白根柔道連盟凰雛塾の所属となった。小学校4年から本格的に取り組み始めると、この時期が一番強かったのではないかと思えるほど試合で勝ち続けていたという。 中学は上京して講道学舎の所属となった。講道学舎では非常にきつい練習を課せられたが、要領よく立ち回り先輩からも好意的に接せられたこともあって体重も10kgほど増えた。
森本 龍弥(もりもと たつや、1994年6月12日 - )は… 森本 龍弥(もりもと たつや、1994年6月12日 - )は、兵庫県尼崎市出身の元プロ野球選手(内野手)。右投右打。血液型はO型。 小学1年時から軟式野球を始めると、中学生時代は大阪府内の硬式野球チームに所属した。 中学校を卒業後に、富山県の高岡第一高校へ進学。在学中は甲子園球場の全国大会と無縁であったが、対外試合で通算33本塁打を記録した。 2012年のNPBドラフト会議で、北海道日本ハムファイターズから2巡目で指名。契約金5,000万円、年俸500万円(金額は推定)という条件で入団した。背番号は24。 2013年には、イースタン・リーグ公式戦94試合の出場で、1本塁打、14打点をマーク。規定打席に到達したが、打率は.130で、規定打席に到達した23選手で最も低かった。
金平 将至(かねひら まさし、1991年3月24日 - )は… 金平 将至(かねひら まさし、1991年3月24日 - )は、京都府舞鶴市出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。 小学校2年から野球を始めると、中学校時代は舞鶴ベースボールクラブに所属。高岡第一高等学校進学後は1年からベンチ入り。2年の秋季富山県大会3回戦入善高等学校戦で、富山県新記録となる11連続奪三振を記録。この大会38回を投げ、59奪三振を記録し北陸のドクターKとして注目される。 北信越地区大会は準決勝で丸子修学館高等学校に破れ、4強入り。3年夏は富山県大会準決勝で西野勇士を擁する新湊高等学校に延長戦で惜しくも敗れ、甲子園出場は1度も無かった。高校での実績をスカウトは評価したが、プロ志望届は提出せず、東海理化に入社。
本多 純平(ほんだ じゅんぺい、1988年12月7日 - )… 本多 純平(ほんだ じゅんぺい、1988年12月7日 - )は、富山県小矢部市出身のバスケットボール選手である。ポジションはスモールフォワード(SF)。190cm、94kg。愛称はじゅんペ〜、じゅんじゅん、王子などで親しまれている。バンビシャス奈良のブースターで「チームじゅんじゅん」なども結成されている。[要出典] 2020-21シーズンよりライジングゼファーフクオカへ移籍。 石動小学校、石動中学校、高岡第一高校を経て東京成徳大学人文学部日本伝統文化学科に進学、4年次には関東大学バスケット2部リーグへの昇格の立役者として活躍した。[要出典] 2011年、bjリーグドラフト会議にて全体5位で滋賀レイクスターズに指名されて入団した。
矢地 健人(やち けんと、1988年1月15日 - )は、 … 矢地 健人(やち けんと、1988年1月15日 - )は、 富山県新湊市(現在の射水市)出身の元プロ野球選手(投手)。 高岡第一高時代は、3年次の夏に県大会準優勝となる。在学中の甲子園出場は果たせなかった。 高校卒業後は、高岡法科大学に進学し北陸大学野球連盟に加盟している硬式野球部でプレー。4年次には、春季リーグ戦で防御率0.69で10年振りの優勝に貢献、秋はベストナインを受賞。 2009年のプロ野球ドラフト会議で中日ドラゴンズから育成1巡目で指名を受けたことを機に、育成選手として入団した。背番号は212。 2010年には、春季キャンプやオープン戦などで高い評価を受けたことから、公式戦開幕直後の4月5日に支配下選手登録へ移行。
中田 祐矢(なかだ ゆうや、1986年5月31日 - )は、… 中田 祐矢(なかだ ゆうや、1986年5月31日 - )は、日本の声優、俳優。富山県出身。リマックス所属。 小学4、5年生のころに職業としての声優を認識し始める。 俳優を目指していた時にあるオーディションの最終審査に落ちて心が折れてしまい、「お芝居が好きだな〜」という気持ちを捨てきれず、かなり落ち込んでいた。その時に『機動戦士ガンダム00』や『STAR DRIVER 輝きのタクト』を見て、「俺、ロボットアニメ好きだし、お芝居好きだし、好きなことを仕事にしたらもっとがんばれるんじゃないか」とハッとして、特に『STAR DRIVER 輝きのタクト』のタクトのセリフを聞いていた時に、「俺もがんばろう」と思い、声の仕事を始めたきっかけになったという。
王 金剛(おう こんごう、1984年5月12日 - )は、中… 王 金剛(おう こんごう、1984年5月12日 - )は、中国遼寧省大連市出身の元男子バレーボール選手。 ポジションはセッター。Vプレミアリーグの東レ・アローズに所属していた。 中学2年の時にサッカーを始めたが、ゴールキーパーをやるのが嫌で走るのも苦手だったためバレーボールに転向。中国では中学2年生で身長192cmは小柄だったことから、ポジションがセッターになった。 高校入学で中国から来日し、高岡第一高校を経て東海大学へ進学。大学ではインカレ優勝に貢献しセッター賞を受賞した。大学在学中の2007年に東レ・アローズの内定選手となるも、外国人選手登録は1名というVリーグ機構の規定により登録外入部となった。
山上 直輝(やまがみ なおき、1983年7月29日 - )は… 山上 直輝(やまがみ なおき、1983年7月29日 - )は、京都府舞鶴市出身の元プロ野球選手(投手)、野球指導者。左投左打。 小学4年生の頃から野球を始め、中学はボーイズリーグの舞鶴ベースボールクラブに所属。高岡第一高等高校へ進学。中学・高校チームメイトには中日ドラゴンズ・阪神タイガースでプレーした髙橋聡文がいる。高校卒業後は高岡法科大学硬式野球部へ。2年秋から主戦として登板したが目立った成績はない。 大学卒業後、北陸銀行野球部を前身とする社会人野球クラブチーム・富山ベースボールクラブでプレー。その後、トライアウトを経て元西武ライオンズの竹内和也が監督を務める京都ファイアーバーズへ移籍。 2010年に関西独立リーグ (初代)・神戸9クルーズに入団した。
髙橋 聡文(たかはし あきふみ、1983年5月29日 - )… 髙橋 聡文(たかはし あきふみ、1983年5月29日 - )は、福井県大飯郡高浜町出身の元プロ野球選手(投手)、少年野球指導者、YouTuber。左投左打。愛称は「アッキー」。 実家は明治38年創業の和菓子屋『大次郎』を営み、父が3代目社長で現在は兄が継いでいる。 その後、富山県の高岡第一高等学校に進学し、2年の時に第72回選抜高等学校野球大会に出場した。1回戦の国士舘戦は、3番右翼手で先発出場したが、小島紳二郎に完封負けを喫した。打撃にも定評があり、中日のスカウトが高校へ髙橋の投球練習を見に行った際に、その時行われていた練習試合で髙橋は登板しなかったが(ケガをしていたとも言われている)、監督が「バッティングも良いものを持ってますから」と急遽、代打で髙橋を出したところ、初球を右翼席へ本塁打を放ち、「投手でダメだったら打者でもいける」と評価された。
髙橋 聡文(たかはし あきふみ、1983年5月29日 - )… 髙橋 聡文(たかはし あきふみ、1983年5月29日 - )は、阪神タイガースに所属する福井県大飯郡高浜町出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。
角田 悠紀(かくだ ゆうき、1982年(昭和57年)10月3… 角田 悠紀(かくだ ゆうき、1982年(昭和57年)10月30日 - )は、日本の政治家、テレビ局記者。元富山県高岡市長(1期)、元高岡市議会議員(1期)。身長183cm、血液型はA型。 富山県高岡市羽広出身。高岡市立横田小学校、高岡市立南星中学校、高岡第一高等学校卒業。2005年(平成17年)3月、立命館大学法学部法学科政治行政専攻卒業。同年4月、富山テレビ放送に入社。報道部に在籍し、記者として勤務。2016年(平成28年)3月、退職。 2017年(平成29年)10月に行われた高岡市議会議員選挙に無所属で立候補し初当選した。自由民主党に属し活動。 2021年(令和3年)4月5日、自民党高岡市連は、次期高岡市長選挙の推薦候補を決めるための選考委員会(委員21人)を開いた。
吉村 隆宏(よしむら たかひろ、1980年6月24日 - )… 吉村 隆宏(よしむら たかひろ、1980年6月24日 - )は、富山県高岡市出身のプロバスケットボール選手。 9歳の時にバスケットボールを始める。南星中学校を卒業後、高岡第一高校に進学。その後、大東文化大学を経て、富山グラウジーズに入団。 グラウジーズのbjリーグ参入後は下部のアマチュアチーム「GROUSES.NET」に所属。 2008年、アーリーチャレンジを経てトップチームとプロ契約。 2009年、キャプテンに就任。 bjリーグ 2010-11シーズン終了後に退団。
田畑 一也(たばた かずや、1969年2月27日 - )は、… 田畑 一也(たばた かずや、1969年2月27日 - )は、富山県高岡市出身の元プロ野球選手(投手)、コーチ。 プロ入り直前までは実家で大工として働いており、遊びでプロ球団の入団テストを受験したところ合格、入団したというプロ野球選手としては異色の経歴の持ち主。 高岡市西広上で、5人家族の末子として生まれる。両親はバレーボールやバスケットボールを嗜み、姉は陸上競技の五種競技、兄はバレーボール選手というスポーツ一家だったが、野球経験者はいなかった。少年時代から三角ベースの野球に夢中になっており、高岡市立二塚小学校、高岡市立芳野中学校を卒業した。中学時代には野手だったが、高校進学後に投手に転向した。 高岡第一高等学校では県内屈指の本格派として活躍。
勘坂 康弘(かんざか やすひろ、1968年〈昭和43年〉8月… 勘坂 康弘(かんざか やすひろ、1968年〈昭和43年〉8月18日 - )は、日本の元実業家である。元・株式会社フーズ・フォーラス代表取締役社長。 富山県高岡市野村生まれ。高岡第一高等学校、金沢経済大学(現・金沢星稜大学)経済学部卒業。 大学時代は金沢のディスコで黒服のアルバイトを経験。卒業後は高岡市内の多田薬品工業に就職したが2年で 退職。半年間上京し、その際に上場会社の外食チェーンに育て上げる事を目指して焼肉チェーン店を起業することを決意。その後、郷里で工員の派遣社員として2年半働き、起業資金1,000万円を貯蓄。 1997年(平成9年)、高岡市大野地内に焼き肉店、「焼肉酒家えびす」を開店、翌年にはその運営会社の「有限会社フーズフォーラス」を設立した。
村本 忠秀(むらもと ただひで、1964年9月5日 - )は… 村本 忠秀(むらもと ただひで、1964年9月5日 - )は、元アマチュア野球選手・指導者である。ポジションは捕手。 高岡第一高校では2年生の時に1981年の夏の甲子園に出場した経験がある。卒業後には駒澤大学に入学する。同期に新谷博、2年下に野村謙二郎がいた。 大学卒業後は社会人野球のNTT関西チームに入団する。1998年から2年間、NTT関西の監督を務めた。チームの再編成により、NTT西日本のコーチを務めた後に、2001年から2006年までに同チームの監督を務め、脇谷亮太や岸田護らを指導した。 その後は、2008年から2016年まで日本放送協会で高校野球解説者を務めた。 2016年春からは母校の高岡第一高校の監督を務めており、2020年の富山県高野連主催の「TOYAMA2020高校野球大会」では優勝を果たした。
森 隆峰(もり りゅうほう、1961年8月16日 - )は、… 森 隆峰(もり りゅうほう、1961年8月16日 - )は、愛知県出身の元プロ野球選手(捕手)。右投右打。 野球留学で進んだ高岡第一高では1年夏の県大会準決勝を経て甲子園出場をかけた北陸大会決勝へ進むが星稜高の小松辰雄に完封負け、2年秋の県大会で優勝すると北信越大会では準々決勝で鯖江高の杉永政信を相手に延長13回で勝利したが、準決勝で敗れた。1979年オフにドラフト外で兄で投手の森宝生とともに西武ライオンズに入団。担当スカウト日野茂。 1歳上の宝生は愛知高からの再入学であったため、3年時は公式戦に出場できなかったが卒業と同時に揃ってのプロ入りとなった。 一軍出場が無いまま1981年オフに自由契約となった。
風吹 ジュン(ふぶき ジュン、1952年〈昭和27年〉5月1… 風吹 ジュン(ふぶき ジュン、1952年〈昭和27年〉5月12日 - )は、日本の女優、アイドル、歌手。本名:堀川麗子。 富山県婦負郡八尾町(現・富山市八尾町)生まれ、富山県高岡市(小学生から中学2年まで)と京都市育ち。パパドゥ所属。高岡市立二上小学校~京都市立花山中学校卒業。 高校教員の父と母の間に生まれるが、11歳小学校5年生の時に父が愛人を作り、両親が離婚。ここから人生が暗く傾斜していく。 中学校2年で母親の育児放棄に伴い、中学3年のとき、母方の親戚を頼り、母・兄と3人で京都に移り住む(暮らしは非常に貧しく、京都で住んでいた家は窓の裏が崖であった)。内職やアルバイトをする日々だったという。