井上 朋也(いのうえ ともや、2003年1月28日 - )は… 井上 朋也(いのうえ ともや、2003年1月28日 - )は、大阪府四條畷市出身のプロ野球選手(内野手、外野手) 。右投右打。福岡ソフトバンクホークス所属。 四條畷市立四條畷中学校在学中は硬式野球のクラブチームである生駒ボーイズでプレーした。3年生時には2017世界少年野球大会の日本代表に選出される。同大会には後に同期入団する桑原秀侍も選出されていた。 その後花咲徳栄高等学校に進学。1年春からベンチ入りして外野のレギュラーを掴み、同年夏の第100回全国高等学校野球選手権記念大会に出場。鳴門との1回戦では3安打2打点の活躍で、チームの逆転勝利に貢献した。2回戦では及川雅貴、万波中正擁する横浜と対戦。
松本 凌人(まつもと りょうと、2001年12月5日 - )… 松本 凌人(まつもと りょうと、2001年12月5日 - )は、大阪府四條畷市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。横浜DeNAベイスターズ所属。 父親は元競輪選手の松本久(ひさし。67期、2012年引退)。兄弟は兄がいる。 神戸国際大学附属高等学校に進学後、1年冬にかつて東京ヤクルトスワローズで活躍した林昌勇を参考にサイドスローへ転向した。3年夏の兵庫大会では、決勝で中森俊介、水上桂、来田涼斗らを擁する明石商業と対戦。先発して8回まで無失点に抑えたが、1点リードの9回にピンチを招いて降板し、救援が打たれて逆転負けを喫した。高校の2学年後輩に阪上翔也がいる。 高校卒業後は名城大学へ進学。2年春の全日本大学野球選手権大会では、沖縄大学との初戦で仲地礼亜と投げ合い完封勝利した。
今村 信貴(いまむら のぶたか、1994年3月15日 - )… 今村 信貴(いまむら のぶたか、1994年3月15日 - )は、大阪府四條畷市出身の元プロ野球選手(投手)。 小学1年から投手として野球を始める。四條畷南中時代は、生駒シニアに所属。 太成学院大学高等学校では、1年時の秋からエースとなる。2年時の秋に大阪大会ベスト8に進出し注目され、「近畿No.1左腕」の異名を取るようになる。3年時の夏は、初戦の守口東高戦で5回参考ながらノーヒットノーランを達成。しかし、4回戦の金光大阪高戦で8回14安打7失点と打ち込まれ敗退した。夏の大会後も練習を続け、入学時に120km/h台だったストレートが最速149km/hまで伸びた。 2011年10月27日、プロ野球ドラフト会議で読売ジャイアンツから2位指名を受け、契約金6000万円、年俸600万円で入団に合意した(金額は推定)。
順風 秀一(じゅんぷう しゅういち、1966年2月16日 -… 順風 秀一(じゅんぷう しゅういち、1966年2月16日 - )は、大阪府四條畷市出身の元プロ野球選手(捕手)。
山脇 光治(やまわき こうじ、1962年10月13日 - )… 山脇 光治(やまわき こうじ、1962年10月13日 - )は、大阪府四條畷市出身の元プロ野球選手(内野手・外野手)。 浪商高校では牛島和彦・香川伸行の1年後輩で、2年生だった1979年には、控え選手ながら春夏とも阪神甲子園球場の全国大会に出場した。春の選抜大会では準優勝。夏の選手権全国大会では、比叡山高校との準々決勝に救援投手として甲子園初登板を果たしたが、準決勝で池田高校に敗れた。 3年生だった1980年には、内野手および控え投手として、夏の選手権大阪大会に出場。北陽高校との準決勝に救援で登板したが、チームの勝利には至らなかった。同年秋に、内野手として、ドラフト外扱いで阪神タイガースに入団した。