髙野 光海(こうの ひかる、2004年6月17日 - )は、… 髙野 光海(こうの ひかる、2004年6月17日 - )は、兵庫県宝塚市出身のプロ野球選手(外野手・育成選手)。右投右打。千葉ロッテマリーンズ所属。 宝塚市立丸橋小学校で1年生の時に丸橋小クラブで野球を始める。宝塚市立南ひばりガ丘中学校在学時は硬式野球のクラブチームである伊丹中央ボーイズでプレーしていた。 徳島県立池田高等学校に進学後は筋力アップのためにベンチプレスやスクワットに取り組んだ。3年夏の徳島大会では中軸を務め、阿波との初戦で本塁打を放ったが、続く2回戦で徳島商業に敗れ、3年間で甲子園大会出場はなかった。高校通算19本塁打。 プロ志望届を提出したが、2022年のドラフト会議での指名はなく、日本海リーグの富山GRNサンダーバーズに入団した。
齊藤 汰直(さいとう たいち、2003年12月7日 - )は… 齊藤 汰直(さいとう たいち、2003年12月7日 - )は、兵庫県宝塚市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。広島東洋カープ所属。 宝塚市立小浜小学校1年生のときに野球を始め、小学校在学時はポルテ、宝塚市立宝塚中学校在学時は同校軟式野球部でプレー。宝塚中在学時に阪神選抜に選出。 高校進学時、複数の強豪私学から声がかかったものの「自分に自信が持てない部分もあって」「公立校から甲子園に出場したい」という理由で武庫荘総合高等学校に進学。谷村智啓の指導を受ける。2年秋から背番号1を背負うも3年夏は神戸国際大学附属高校に敗れ4回戦敗退。 高校ではプロ志望届を提出せず、卒業後は亜細亜大学に進学。同級生に山城京平がいる。
水上 桂(みずかみ けい、2001年7月5日 - )は、兵庫… 水上 桂(みずかみ けい、2001年7月5日 - )は、兵庫県宝塚市出身のプロ野球選手(捕手・育成選手)。右投右打。東北楽天ゴールデンイーグルス所属。 幼稚園から兄の影響で野球を始め、小学校時代は複数のポジションをこなしていた。中学校時代は三田ヤングに所属し、2年までは遊撃手を務めていたが、3年になると捕手に定着する。 高校は明石市立明石商業高等学校に進学して1年春からベンチ入りを果たし、1年の秋には三塁手にコンバートされる。2年夏の第100回全国高等学校野球選手権記念大会では初戦の八戸学院光星戦に「2番・一塁手」として先発出場し、4打数1安打2犠打を記録したがチームは敗退した。2年秋からは捕手に戻って秋季近畿大会で準優勝し、3年春の第91回選抜高等学校野球大会ではベスト4に進出。
野村 大樹(のむら だいじゅ、2000年9月10日 - )は… 野村 大樹(のむら だいじゅ、2000年9月10日 - )は、兵庫県宝塚市出身のプロ野球選手(捕手・育成選手)。右投右打。埼玉西武ライオンズ所属。 阪神タイガースのファンである実父の影響で、幼少期から阪神甲子園球場で阪神戦を頻繁に観戦。5歳だった2006年に同球場で初めて観た高校野球の試合が、第88回全国高等学校野球選手権大会決勝だった。斎藤佑樹を擁する早稲田実業がこの試合でチームを初優勝に導いたことが、後に同校への進学を決めるきっかけになったという。 小学1年時から末広ルーキーズで軟式野球を始めたが、「文武両道」を掲げる家族の方針どおりに勉強と野球を両立させ、同志社中学校へ進学。在学当初は枚方ボーイズに所属しレギュラーを獲得していたが途中で大阪福島シニアへ移籍すると、4番打者や捕手を任された。
小園 海斗(こぞの かいと、2000年6月7日 - )は、兵… 小園 海斗(こぞの かいと、2000年6月7日 - )は、兵庫県宝塚市出身のプロ野球選手(内野手)。右投左打。広島東洋カープ所属。 妻はモデルの渡辺リサ。 宝塚市立逆瀬台小学校1年時に宝塚リトルで野球を始め、宝塚市立光ガ丘中学校では枚方ボーイズでプレー、3年時に全国優勝を経験。同期には藤原恭大がいた。侍ジャパンU-15に選ばれ、松山坊っちゃんスタジアムで行われたアジアチャレンジマッチ2015に出場した。 報徳学園高校進学後は1年春からベンチ入りし、同夏からレギュラーで2年春のセンバツ出場、4強進出。同年夏は県予選で敗退。その後、2年生時に選出された侍ジャパンU-18では正遊撃手も務めた。3年夏の甲子園では、聖光学院戦で大会タイ記録となる1試合個人3二塁打、8強に進出し、甲子園大会後の世界大会では2年連続で侍ジャパンU-18に選出された。
山本 拓実(やまもと たくみ、2000年1月31日 - )は… 山本 拓実(やまもと たくみ、2000年1月31日 - )は、兵庫県宝塚市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。北海道日本ハムファイターズ所属。 甲子園球場からほど近い兵庫県宝塚市仁川で育ち、大の阪神タイガースファンであり、少年時代はファンクラブ会員として、シーズン中に月2回ほどのペースで甲子園球場へ実父と共に観戦していた。 3歳時(2003年)に阪神が18年ぶりのセントラル・リーグ優勝を果たしたことをきっかけに野球に興味を持ち、宝塚市立仁川小学校1年生のときに仁川ユニオンズで本格的に野球を始めた。宝塚市立宝塚第一中学校では将来プロ野球選手になりたいと考え、ヤングリーグの兵庫タイガースに入団。セカンド・サード・ショート・ピッチャーと複数ポジションを守っていたが、身体の小ささからピッチャーとしての登板機会はあまり与えられず、主にセカンドを務めていた。
石原 貴規(いしはら ともき、1998年2月3日 - )は、… 石原 貴規(いしはら ともき、1998年2月3日 - )は、兵庫県宝塚市出身のプロ野球選手(捕手)。右投右打。広島東洋カープ所属。 小学校2年から野球を始め、宝塚市立宝塚第一中学校時代は甲子園リトルシニアに所属。 創志学園高等学校時代は2年秋から正捕手。1学年下の高田萌生とバッテリーを組み、3年夏の県大会は決勝戦に進出するも敗退し、甲子園出場経験はなかった。 天理大学時代はベストナインを3度受賞し、4年春のリーグ戦では打率.408で首位打者を獲得している。大学の1年後輩に、後にプロでもチームメイトとなる森浦大輔がいた。 2019年10月17日に行われたプロ野球ドラフト会議で広島東洋カープから5位指名を受け、11月15日に契約金4000万円、年俸700万円(推定)で仮契約した。
木興 拓哉(きこう たくや、1986年9月21日 - )は、… 木興 拓哉(きこう たくや、1986年9月21日 - )は、元プロ野球選手(投手)。 兵庫県宝塚市出身。ヤングリーグ兵庫伊丹から野球留学で北海道栄高に進学し、1年秋の全道大会では準々決勝で渡部龍一のいた札幌第一高を相手に延長10回を投げたが日没コールドで再試合も敗退。2003年、2004年と2年連続で夏の南北海道大会で決勝進出を果たすが、共に駒大苫小牧高に敗れ準優勝。 2004年の高校生ドラフトで千葉ロッテマリーンズから6巡目指名を受け入団。入団会見時に「忘れられた頃に一軍に上がって活躍する」と3年間の「潜伏宣言」をして、ファンやメディアの注目を集めた。 1年目の2005年から実戦登板の機会を与えられ、同年はイースタン・リーグで11試合に登板して防御率1.76, 投球回数に近い奪三振数を記録した。
衣川 篤史(きぬがわ あつし、1981年3月20日 - )は… 衣川 篤史(きぬがわ あつし、1981年3月20日 - )は、兵庫県宝塚市出身の元プロ野球選手(捕手)。
星山 忠弘(ほしやま ただひろ、1974年6月12日 - )… 星山 忠弘(ほしやま ただひろ、1974年6月12日 - )は、兵庫県宝塚市出身の元プロ野球選手(投手)。
金村 義明(かねむら よしあき、1963年8月27日 - )… 金村 義明(かねむら よしあき、1963年8月27日 - )は、兵庫県宝塚市出身の元プロ野球選手(内野手)。現在は野球解説者、タレント。
平田 英之(ひらた ひでゆき、1954年7月10日 - 20… 平田 英之(ひらた ひでゆき、1954年7月10日 - 2013年4月2日)は、兵庫県宝塚市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。 兵庫・宝塚高から立命館大へ進学。当時の立命大は関西六大学野球リーグ2部に低迷していたが、2年時の1974年春季リーグ入替戦で1部復帰を果たす。優勝には届かなかったが3位3回を記録し、好投手として注目された。リーグ通算成績は48試合登板、12勝19敗、防御率1.71。 1976年ドラフト3位で広島東洋カープ入団。1977年から一軍で起用されるが、あまり活躍の場はなかった。 1978年11月に望月卓也、劔持節雄と共に金田留広、渡辺秀武との3対2の交換トレードでロッテオリオンズに移籍。