岸田 行倫(きしだ ゆきのり、1996年10月10日 - )… 岸田 行倫(きしだ ゆきのり、1996年10月10日 - )は、兵庫県川西市出身のプロ野球選手(捕手)。右投右打。読売ジャイアンツ所属。 2026年シーズンより第21代キャプテンを務める。 報徳学園高校では1年から内野手としてベンチ入りし、遊撃手の他に投手も務めた。新チームとなった2年秋に捕手が手薄なチーム事情から捕手に転向。2年春、3年春の甲子園に出場し、「4番・捕手」で出場した3年春の1回戦・沖縄尚学戦では1点リードされた5回途中から2番手でマウンドに上がり4回1/3を1安打無失点6奪三振と好救援し、試合は0対1で敗れたが最速145km/hを記録した。 3年夏は甲子園出場を逃したものの高校日本代表に選出され、U-18アジア選手権では捕手に栗原陵矢がいたため主に一塁手として出場し日本代表の3番打者として準優勝に貢献。
山本 和作(やまもと かずなお、1986年9月21日 - )… 山本 和作(やまもと かずなお、1986年9月21日 - )は、兵庫県川西市出身の元プロ野球選手(内野手)。 現役引退後は大阪経済大学硬式野球部監督を務め、2023年からオリックス・バファローズ職員。 小学3年時に明峰少年野球クラブで軟式野球を始める。中学時代は兵庫川西で2年時に全国大会出場。 尼崎工業高校では、1年夏からベンチ入りした。3年夏は4回戦で敗退し、甲子園出場は叶わなかった。 大阪経済大学に進学すると、1年秋に関西六大学リーグ史上初の1年生で首位打者、ベストナインを獲得。2年春にもベストナインを獲得した。2年秋から三塁手に転向。3年秋に明治神宮大会に同校初出場すると初戦で本塁打を放つも敗退。
南 和彰(みなみ かずあき、1981年8月27日 - )は、… 南 和彰(みなみ かずあき、1981年8月27日 - )は、兵庫県川西市出身の元プロ野球選手(投手)。
森山 周(もりやま まこと、1981年8月11日 - )は、… 森山 周(もりやま まこと、1981年8月11日 - )は、兵庫県川西市出身の元プロ野球選手(外野手、内野手)、コーチ。2017年より、東北楽天ゴールデンイーグルスの一軍外野守備走塁コーチを務める。
大角 健二(おおすみ けんじ、1980年5月30日 - )は… 大角 健二(おおすみ けんじ、1980年5月30日 - )は、日本の高校野球指導者。 報徳学園高等学校(兵庫県)野球部監督兼国語科教諭。 兵庫県川西市出身。報徳学園高等学校野球部時代、捕手として2年春から4大会連続甲子園(2年春の第69回選抜高野球大会、2年夏の第79回全国高校野球選手権大会、3年春の第70回選抜高野球大会、3年夏の第80回全国高校野球選手権大会・最高成績は2年春のベスト4)に出場。高校卒業後、立命館大学に進学し、立命館大学硬式野球部で高校時代に引続き捕手としてプレー。右肘を故障し4回生まで試合に出場できない日々が続いたが、キャプテンを務めた。 2002年10月、大角が大学4年秋のリーグ戦後、永田裕治と二人三脚で報徳学園の部長を務めた竹村洋一が癌で亡くなる。
古田 敦也(ふるた あつや、1965年8月6日 - )は、兵… 古田 敦也(ふるた あつや、1965年8月6日 - )は、兵庫県川西市出身の元プロ野球選手(捕手)、監督(東京ヤクルトスワローズ選手兼任監督〈第19代監督〉)。右投右打。現在は野球解説者、タレント、スポーツキャスター。日本プロ野球名球会副理事長。芸能プロダクションは株式会社エーポイント所属。マネジメントは株式会社ビッグベンと業務提携。妻はフリーアナウンサーの中井美穂。
屋鋪 要(やしき かなめ、1959年6月11日 - )は、大… 屋鋪 要(やしき かなめ、1959年6月11日 - )は、大阪府生まれ兵庫県川西市出身の元プロ野球選手(外野手)で、現在は鉄道文化人・鉄道写真家、少年野球・大学野球のコーチである。