スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
山本 隆寛(やまもと たかひろ、1990年12月21日 - … 山本 隆寛(やまもと たかひろ、1990年12月21日 - )は、日本の元プロボクサー。第46代OPBF東洋太平洋バンタム級王者。2022年よりアマチュアキックボクサーとしてBreakingDownに出場。 兵庫県宝塚市出身。母からはボクシングを始めることに反対を受けていた中で、高校入学と同時にアルバイトを始めて独断で尼崎ジムに入門。「世界チャンピオンになるためにやめます」と記して高校を退学し、ボクシングに専念する。 2008年9月14日、プロデビュー戦をバンタム級で森永真一(新日本大阪)と戦い、2回TKO勝利。2009年8月15日、新人王トーナメント西日本新人王バンタム級決勝まで4連続2回以内KOで勝ち進み、仲田雅宗(八尾)を初回KOで勝利。
山本 和作(やまもと かずなお、1986年9月21日 - )… 山本 和作(やまもと かずなお、1986年9月21日 - )は、兵庫県川西市出身の元プロ野球選手(内野手)。 現役引退後は大阪経済大学硬式野球部監督を務め、2023年からオリックス・バファローズ職員。 小学3年時に明峰少年野球クラブで軟式野球を始める。中学時代は兵庫川西で2年時に全国大会出場。 尼崎工業高校では、1年夏からベンチ入りした。3年夏は4回戦で敗退し、甲子園出場は叶わなかった。 大阪経済大学に進学すると、1年秋に関西六大学リーグ史上初の1年生で首位打者、ベストナインを獲得。2年春にもベストナインを獲得した。2年秋から三塁手に転向。3年秋に明治神宮大会に同校初出場すると初戦で本塁打を放つも敗退。
一色 銀河(いっしき ぎんが、1974年 - )は、日本の小… 一色 銀河(いっしき ぎんが、1974年 - )は、日本の小説家・ライトノベル作家。 兵庫県尼崎市出身。関西在住。兵庫県立尼崎工業高等学校卒業。会社員を経て、1999年に『若草野球部狂想曲』で第6回電撃ゲーム小説大賞銀賞を受賞してデビュー。
松本 人志(まつもと ひとし、1963年〈昭和38年〉9月8… 松本 人志(まつもと ひとし、1963年〈昭和38年〉9月8日 - )は、日本のお笑いタレント、司会者、映画監督、俳優。お笑いコンビダウンタウンのボケ担当で相方は浜田雅功。愛称は、松ちゃん(まっちゃん)。兵庫県尼崎市出身。吉本興業所属。 1982年に浜田とコンビを結成し、以降、テレビ番組への出演や番組企画・制作、映画制作、著作活動など幅広い分野で活動している。 2024年1月、週刊誌報道に関する訴訟に注力するため芸能活動の休止を発表し、同年11月に訴えを取り下げた。 尼崎市立潮小学校、尼崎市立大成中学校、兵庫県立尼崎工業高等学校機械科卒業。小・中学校の同級生には後の相方となる浜田の他、放送作家の高須光聖がいた。
西村 基史(にしむら もとふみ、1962年11月17日 - … 西村 基史(にしむら もとふみ、1962年11月17日 - )は、兵庫県出身の元プロ野球選手(投手)。 尼崎工業高から新日本製鐵広畑に進む。1981年から4年連続で都市対抗に出場(うち2回は補強選手としての出場)。1981年の第52回都市対抗では、藤高俊彦との投の二本柱で勝ち進むが、準決勝で東芝の菊地恭一に3ラン本塁打を浴び敗退。1983年の同大会でも準決勝に進み先発として起用されるが、この大会に優勝した東芝の黒紙義弘、池田親興(日産自動車から補強)、川端順の継投の前にまたもや苦杯を喫した。1982年アマチュア野球世界選手権日本代表、1983年ロサンゼルスオリンピック予選日本代表に選出されている。
上坂 嘉彦(うえさか よしひこ、1958年9月18日 - )… 上坂 嘉彦(うえさか よしひこ、1958年9月18日 - )は、兵庫県西宮市出身の元プロ野球選手(投手)。 尼崎工業高から、社会人野球の三菱自動車京都を経て、1979年オフにドラフト外で南海ホークスにテスト入団。 右腕の本格派投手であったが、一軍公式戦に出場することはなく、1年間で退団した。
滝崎 武光(たきざき たけみつ、1945年6月10日 - )… 滝崎 武光(たきざき たけみつ、1945年6月10日 - )は、日本の実業家・慈善家。キーエンス創業者。キーエンス取締役名誉会長。キーエンス財団代表理事。兵庫県芦屋市出身。兵庫県立尼崎工業高校を卒業後、外資系のプラント制御機器メーカーに勤めた後、1度目の起業にチャレンジしたが倒産の憂き目に遭う。2度目の起業も、1回目と同様に失敗。3度目に設立した現キーエンスを日本トップクラスのメーカーにまで育て上げた。
秋定 嘉和(あきさだ よしかず、1934年3月16日 - 2… 秋定 嘉和(あきさだ よしかず、1934年3月16日 - 2021年8月9日)は、日本の差別問題研究者、池坊短期大学名誉教授。京都部落問題研究資料センター所長。 兵庫県生まれ。立命館大学文学部卒、同大学院修士課程修了、兵庫県立尼崎工業高等学校教諭ののち、京都大学人文科学研究所、同志社大学人文科学研究所で共同研究に参加、のち池坊短期大学教授。大阪人権博物館館長。京都部落問題研究資料センター所長。2021年8月9日死去。享年87歳。
岡田 豊(おかだ ゆたか、旧名:哲男〈てつお〉、1932年9… 岡田 豊(おかだ ゆたか、旧名:哲男〈てつお〉、1932年9月12日 - )は、元プロ野球選手・プロ野球審判員。兵庫県出身。 県立尼崎工業から近畿大学に進む。近畿学生野球リーグでは在学中7回優勝。1955年春秋季リーグ連続で首位打者となる。 1956年に阪急ブレーブスに捕手として入団。1年目から一軍に上がり、1960年には山下健と併用されて32試合に先発マスクを被る。しかし1961年には岡村浩二が新入団、出場機会が減少し同年限りで引退。 その後パ・リーグ審判部に入局し、パ・リーグ初の3000試合出場を達成し、1993年までつとめた。審判員袖番号は3(1977年初採用から1993年引退まで、3は2003年以降橋本信治がつけている。
豊長みのる(とよなが みのる、1931年10月28日- )は… 豊長みのる(とよなが みのる、1931年10月28日- )は、日本の俳人。 神戸生れ。本名・稔。兵庫県立尼崎工業高等学校卒。山口草堂に師事、1966年「南風」新人賞受賞。南風編集同人。1986年1月「風樹」創刊主宰。日本詩歌句協会会長、現代俳句協会理事、関西現代俳句協会副会長、大阪俳人クラブ常任理事、日本ペンクラブ会員、日本現代詩歌文学館振興会評議員、「俳句四季」四季吟詠選者、朝日カルチャーサロン俳句講師ほか。
岡田 功(おかだ いさお、旧名:和也(かずや)、1931年6… 岡田 功(おかだ いさお、旧名:和也(かずや)、1931年6月20日 - )は、兵庫県尼崎市出身の元プロ野球選手(外野手)、プロ野球審判員。元セントラル・リーグ審判副部長。 兵庫県立尼崎工業高等学校から1950年に大阪タイガース に入団。1952年に一軍に上がり、1954年、1955年には各1試合に中堅手として先発出場。しかし活躍の場には恵まれず、1956年に審判員へ転身。以後着実に力を発揮し、プロ野球審判員現役37年、一軍実働36年、13年連続日本シリーズ出場、日本シリーズ通算94試合出場、日本シリーズ通算21回出場(1963年~1967年、1969年~1981年、1983年、1991年)、レギュラーシーズン通算3902試合出場は日本プロ野球記録。