多次 勝昭(たじ かつあき、1949年(昭和24年)10月2… 多次 勝昭(たじ かつあき、1949年(昭和24年)10月24日 - )は、日本の政治家。元兵庫県朝来市長(3期)。 兵庫県朝来市出身。1974年(昭和49年)3月、龍谷大学法学部卒業。同年4月、和田山町役場に採用される。 2005年(平成17年)4月1日、生野町・和田山町・山東町・朝来町の4町が合併して朝来市が発足。それと共に朝来市の企画部長に就任。 2009年(平成21年)1月、朝来市役所を退職。同年4月19日に行われた朝来市長選挙に立候補し初当選。5月8日、市長就任。2013年(平成25年)、無投票により再選。 2015年(平成27年)12月29日発売の月刊誌『田舎暮らしの本』2016年2月号に掲載された「2016年版住みたい田舎ベストランキング」で、兵庫県朝来市が全国1位に選ばれた(鳥取県岩美町も同率1位)。
大沢 辰美(おおさわ たつみ、女性、1940年9月20日 -… 大沢 辰美(おおさわ たつみ、女性、1940年9月20日 - )は日本の政治家。日本共産党参議院議員を1期務めた。日本共産党中央委員会委員、災害対策部会長。 兵庫県朝来郡朝来町(現朝来市)出身。兵庫県立有馬高等学校を経て、1962年岡山県川崎高等看護学院卒業。 国立療養所兵庫中央病院に13年間勤務した後、1972年より兵庫県三田市議を5期20年務める。1998年の第18回参議院議員通常選挙で兵庫県選挙区(定数2議席)から出馬し初当選を果たす。国政選挙挑戦4度目、兵庫の共産候補としては過去最多得票(582,244票)での当選であった。 しかし2004年の第20回参議院議員選挙に再選を期して同選挙区から出馬するも次点で落選。
赤松 勇(あかまつ いさむ、1910年〈明治43年〉1月25… 赤松 勇(あかまつ いさむ、1910年〈明治43年〉1月25日 - 1982年〈昭和57年〉8月30日)は、日本の政治家。位階は従三位、勲等は勲一等。衆議院議員(11期)。 長男は元衆議院副議長の赤松広隆。 兵庫県朝来郡和田山町(現朝来市)生まれ。聴講生として早稲田大学で学び中央大学で履修する。在学中の1926年(大正15年)、労働農民党に入党する。1931年(昭和6年)、日本労働組合総評議会に参加し中央委員になる。1937年(昭和12年)の人民戦線事件で逮捕されて4年間入獄する。 1945年(昭和20年)、日本社会党の結成に参加する。1946年(昭和21年)の第22回衆議院議員総選挙で初当選を果たした。
丸尾 光春(まるお こうしゅん、元治2年1月16日(1865… 丸尾 光春(まるお こうしゅん、元治2年1月16日(1865年2月11日) - 大正12年(1923年)4月2日)は、日本の衆議院議員(立憲国民党)。医師。 播磨国朝来郡生野町(現在の兵庫県朝来市)に福井又次郎の二男として生まれ、丸尾八右衛門の養子となった。1887年(明治20年)、兵庫県立神戸医学校を卒業。生野町会議員、朝来郡会議員、同議長、兵庫県会議員、同副議長に選ばれた。 1912年(明治45年)、第11回衆議院議員総選挙に出馬し、当選を果たした。
石田 貫之助(いしだ かんのすけ、1850年1月13日(嘉永… 石田 貫之助(いしだ かんのすけ、1850年1月13日(嘉永2年12月1日)- 1934年(昭和9年)10月8日)は、明治から大正期の政治家。兵庫県会議員、衆議院議員、富山県知事。旧姓は太田垣。 但馬国朝来郡新井村の農業・酒造業の太田垣家に生まれ、石田小治郎の養子となる。 1879年に兵庫県会議員となり、1880年5月から1881年2月まで同副議長を、同月から1890年7月まで同議長を務めた。また、同郡部会議長、同常置委員など務めた。立憲改進党に加わり、さらに愛国公党の創立委員となり、次いで自由党に入党した。 1890年7月、第1回衆議院議員総選挙に兵庫県第四区から出馬して当選。その後、第4回総選挙まで連続4回当選し、さらに第6回、第9回総選挙でも当選し、通算6回の当選を果たした。
佐藤 文兵衛(さとう ぶんべえ、1845年(弘化2年3月) … 佐藤 文兵衛(さとう ぶんべえ、1845年(弘化2年3月) - 1921年(大正年)4月26日)は、日本の政治家、衆議院議員(3期)。 但馬国養父郡市場村(兵庫県養父郡糸井村、南但町、和田山町を経て現朝来市)で生まれた。区長、兵庫県会議員、同常置委員、兵庫県土木課長となる。 1890年(明治23年)の第1回衆議院議員総選挙において兵庫9区から立憲改進党公認で立候補して当選する。1892年(明治25年)の第2回衆議院議員総選挙で再選。1894年(明治27年)3月の第3回衆議院議員総選挙で三選した。同年9月の第4回衆議院議員総選挙で落選した。1921年に死去した。