村西 良太(むらにし りょうた、1997年6月6日 - )は… 村西 良太(むらにし りょうた、1997年6月6日 - )は、兵庫県淡路市出身の元プロ野球選手(投手)。右投左打。 小学校3年生より野球を始めた。当初は足の速さを活かして、中堅手であったが、小学校4年からは遊撃手を務めていた。淡路市立津名中学校時代はクラブチームのアイランドホークスへ所属していたが、主なポジションは外野であった。 高校は兵庫県立津名高等学校へ進学し、1年秋からベンチ入りを果たしていたものの、控え投手として高校野球を終える。最高成績は2年秋の兵庫県大会3位。近畿大会では和歌山県1位の箕島と対戦し、3回よりリリーフ登板し、失点0の好投を見せた。甲子園出場経験はなし。 大学は近畿大学監督の田中秀昌の強いラブコールにより同大学へ進学。
近本 光司(ちかもと こうじ、1994年11月9日 - )は… 近本 光司(ちかもと こうじ、1994年11月9日 - )は、兵庫県津名郡東浦町(現:淡路市)出身のプロ野球選手(外野手)。左投左打。阪神タイガース所属。兵庫県淡路市スポーツ親善大使。 セ・リーグにおける新人最多安打数記録の保持者(2019年、159安打、NPB史上歴代2位)。また、NPB史上歴代2位となる通算6度タイの盗塁王を獲得している。 また、出場861試合目で通算1000安打を達成。阪神の生え抜き選手では藤村富美男の864試合を抜いて、最速となった。 2019年のオールスターゲームでは古田敦也以来2人目となるサイクル安打を達成した。 東浦町(現:淡路市)立学習小学校2年時に軟式野球チームの「仮屋クラブ」に入団し野球を始める。
山本 大貴(やまもと ひろき、1994年6月27日 - )は… 山本 大貴(やまもと ひろき、1994年6月27日 - )は、兵庫県淡路市出身の元社会人野球選手。 高校通算107本塁打は清宮幸太郎の高校通算111本塁打に抜かれるまで高校通算本塁打歴代最多記録を保持していた。高校通算107本塁打の記録は佐々木麟太郎、清宮に次いで3位の記録である。 兵庫県淡路市出身。淡路市立学習小学校2年生のときから野球を始める。当初は左投げだったが肩を故障したため、右投げに転向している。淡路市立東浦中学校では軟式野球部に所属し、外野手のレギュラーとして2年夏の大会では県ベスト8に入った。 神港学園神港高等学校に進学し、1年生だった2010年は背番号12を着けながらもセンターを守り、主軸を任されていた。
伊藤 祐樹(いとう ゆうき、1972年7月7日 - )は、兵… 伊藤 祐樹(いとう ゆうき、1972年7月7日 - )は、兵庫県淡路市出身の元社会人野球選手(内野手)、野球指導者。右投左打。 兵庫県立津名高等学校から、北陸大学野球連盟に加盟する福井工業大学に進学。大学時代は全日本大学野球選手権大会に出場した。 大学卒業後の1995年に社会人野球の日産自動車に入社。強打があったわけではないが、堅実な守備と俊足を武器にたちまち遊撃手のポジションを手にした。その後、チーム事情に応じて三塁手や二塁手となることもあったが、スターティングオーダーから名前が消えることは殆ど無く、レギュラーを守り続けた。 1998年、第69回都市対抗野球大会で優勝に貢献したことが認められ、同年の社会人ベストナインの遊撃手部門を受賞。
木戸 賢永(きど たかなが、1967年6月14日 - )は、… 木戸 賢永(きど たかなが、1967年6月14日 - )は、兵庫県淡路市出身のプロ野球選手(捕手)。 津名高校では、1年夏に夏の県大会準優勝、1985年・3年夏の県大会では準々決勝で報徳学園高校に敗北し甲子園出場を逸する。高校では通算28本塁打を放つ。高校同期に外野手の吉田征人がいる。 1986年に南海ホークスへドラフト外で入団。一軍出場のないまま1988年に選手を引退し、翌年からブルペン捕手となり1991年には23歳でコーチ補佐となった。1992年からはチームスタッフとなった。
福家 雅明(ふくや まさあき 1959年4月10日 - )は… 福家 雅明(ふくや まさあき 1959年4月10日 - )は日本のテレビディレクターで元プロ野球選手(投手。右投げ右打ち)。WES取締役社長。兵庫県津名郡一宮町(現:淡路市)出身。天理高等学校卒業。