琴弥山 幸基(ことみせん こうき、1983年7月14日 - … 琴弥山 幸基(ことみせん こうき、1983年7月14日 - )は、島根県出雲市出身で佐渡ヶ嶽部屋に所属した元大相撲力士。本名は中倉 幸基(なかくら こうき)、旧姓湯村(ゆむら)。現役時代の体格は身長182cm。体重158kg。血液型A型。最高位は西十両12枚目(2013年11月場所)。 小学生時代、巡業で舞の海に稽古を付けてもらった縁で力士を志し、出雲市立第三中学校を卒業後、佐渡ヶ嶽部屋に入門。両親は高校進学を望んでいたが、佐渡ヶ嶽(元横綱・琴櫻)が両親を説得し、中卒入門に至った。[要出典]1999年3月場所、佐渡ヶ嶽部屋から初土俵を踏む。初土俵時の四股名は本名と同じ「湯村」。同期入門には同部屋の琴光喜の他、高見盛、濵錦、若荒雄、千代白鵬、霧の若らがいる。
琴鳳 圭史(ことおおとり よしふみ、1983年5月27日 -… 琴鳳 圭史(ことおおとり よしふみ、1983年5月27日 - )は、島根県出雲市出身で佐渡ヶ嶽部屋に所属していた元大相撲力士。本名は青木 圭史(あおき よしふみ)。現役時代の体格は身長177cm、体重128kg、血液型はA型。自己最高位は東幕下40枚目(2012年7月場所)。 地元の中学校を卒業した後、佐渡ヶ嶽部屋に入門し、1999年3月場所で初土俵。四股名は本名と同じ「青木」。同期入門には幕下付出入門の琴光喜、高見盛、濵錦の他、若荒雄、千代白鵬、霧の若らがいる。 番付に初めて名前が載った翌5月場所から「琴社」に四股名を改め、翌7月場所では序二段に昇格。しかし序二段で苦労し、ようやく三段目に昇格できた2001年9月場所も休場を余儀なくされた。
38代 木村 庄之助(さんじゅうはちだい きむら しょうのす… 38代 木村 庄之助(さんじゅうはちだい きむら しょうのすけ、1959年9月22日 - )は、大相撲の元立行司。引退時は高田川部屋所属。本名は今岡 英樹(いまおか ひでき)。島根県出雲市出身。 少年時代は高砂部屋の元大関前の山(8代高田川)のファンで、それが相撲界入りのきっかけとなった。もっとも、最初から行司志望だった訳ではなく(身長が160cmで力士規定に満たないため)、どうしても親方に裏方でもいいから弟子入りしたいと自己PRの手紙を書いているうち、最後の一文に「行司になりたい」と書いてしまったという。 1975年5月場所、木村秀樹の名で初土俵。40代式守伊之助の1場所後輩に当たる。40代伊之助より上の世代とは年齢が離れている(伊之助より1枚上だった4代木村正直(2013年1月死去)とは6歳差)ということもあり、彼とは付き合いが深いようで、新弟子時代は何度も相撲を取って勝負していたという。
瀧見山 延雄(たきみやま のぶお、1927年9月29日 - … 瀧見山 延雄(たきみやま のぶお、1927年9月29日 - 2001年3月1日)は、現在の島根県出雲市出身で二所ノ関部屋に所属した元大相撲力士。元世話人。本名は藤江 延雄(ふじえ のぶお)。173cm、90kg。最高位は西十両4枚目。得意技は右四つ、寄り。 1949年5月場所に初土俵。1956年1月場所に十両昇進。何度も十両上位に顔を出し、時には勝ち越したこともあるので入幕を期待されたが、負傷などで実現しなかった。大鵬のコーチ役を務め、現役晩年は幕下で相撲を取り、1962年1月場所限りで力士を廃業し、世話人に転じた。1992年9月で定年退職。
二所錦 照生(にしょにしき てるお、1927年5月21日 -… 二所錦 照生(にしょにしき てるお、1927年5月21日 - 没年不明 )は、現在の島根県出雲市出身で二所ノ関部屋に所属した元大相撲力士。本名は大野 輝雄(おおの てるお)。176cm、83kg。最高位は西十両13枚目。得意技は左四つ、下手投げ、掬い投げ。 1947年11月場所に初土俵。1951年1月場所に大見山 輝雄の四股名で十両昇進。新十両の場所は8勝7敗と勝ち越すが、その後3場所連続で負け越し、1952年5月場所で幕下に陥落。幕下に陥落してからしばらくの間は低迷していたが、1954年9月場所に十両に復帰した。1955年5月場所に28歳で廃業した。