八田 康介(やつだ こうすけ、1982年3月17日 - )は… 八田 康介(やつだ こうすけ、1982年3月17日 - )は、福岡県大川市出身のサッカー指導者、元サッカー選手。ポジションはディフェンダー(センターバック)。 小学校4年生の時にサッカーを始める。中学生時は隣県のJFLクラブ・鳥栖フューチャーズの下部組織でプレーした。1997年にスポーツ特待生として柳川高等学校に進学。目立った実績は挙げられなかったが、1999年には国体に出場し、Jリーグ・アビスパ福岡の強化指定選手として登録されたことで注目を集めた。 2000年、サンフレッチェ広島へ入団。プロ同期入団は、森崎和幸・浩司兄弟、駒野友一、松下裕樹、山形恭平、中山元気。高いポテンシャルを見せたが、公式戦ではそれを発揮できなかった。
大坪 博和(おおつぼ ひろかず、1979年12月7日 - )… 大坪 博和(おおつぼ ひろかず、1979年12月7日 - )は、福岡県大川市出身のサッカー審判員、元サッカー選手。VARおよびAVAR担当審判員。現役時代のポジションはFW。 福山大学卒業後、2002年に当時日本フットボールリーグ (JFL) 所属だった大塚製薬(現・徳島ヴォルティス)に入団、2003年・2004年にはJFL連覇も経験した。2005年に佐川急便大阪SCに移籍するとエースストライカーとして18得点を挙げ、得点王となる。翌2006年、J2に昇格した愛媛FCに入団するが結果が残せず1年で退団となり、JFLの佐川印刷SCに移籍。佐川印刷では社業の傍らサッカーを続け、将来は指導者への道を模索していたが、Jリーグで審判員を務めていた上川徹に出会ったことで審判員の道を目指すことになる。
古賀 誠史(こが せいじ、1979年8月7日 - )は、福岡… 古賀 誠史(こが せいじ、1979年8月7日 - )は、福岡県大川市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはミッドフィールダー。元サッカー選手の古賀正紘は実兄。 1996年全日本ユースサッカー選手権準優勝(2年生)。1997年インターハイ優勝。1997年全日本ユースサッカー選手権優勝。第76回全国高校サッカー選手権大会の優勝メンバー。 AFCユース選手権1998の日本代表としても活躍した。フィリップ・トルシエ監督就任後のユース代表にも選ばれていたが、1999 FIFAワールドユース選手権のメンバーには選ばれなかった。 高校卒業後、横浜マリノス(当時)に入団。1年目から出場機会は得ていたものの、守備に難があったことや負傷もあってレギュラー定着はならなかった。
古賀 正紘(こが まさひろ、1978年9月8日 - )は、福… 古賀 正紘(こが まさひろ、1978年9月8日 - )は、福岡県大川市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはディフェンダー(センターバック)。元サッカー選手の古賀誠史は実弟。 高校時代、東福岡高校で第74回全国高校サッカー選手権ベスト4メンバー。1996年全日本ユース準優勝メンバー。 私立東福岡高等学校出身。高校1年まではフォワードだったが、その後対人プレーに強いストッパーとして成長し、当時のJリーグ全クラブから誘いを受ける。1997年に激しい争奪戦の末、名古屋グランパスエイトと契約。加入直後から主力として活躍するも、毎回契約更改時に評価を巡ってクラブ側と揉めるなど、年数を重ねるにつれクラブとの関係が悪化した。