志田 林三郎(しだ りんざぶろう、1856年2月1日(安政2… 志田 林三郎(しだ りんざぶろう、1856年2月1日(安政2年12月25日) - 1892年(明治25年)1月4日)は、日本の物理学者・電気工学者。佐賀県小城郡東多久村(現在の多久市、当時佐賀藩)生まれ。工学博士、電気学会創設者。 日本で初めて工学博士となった5人のうちの1人。他に古市公威、松本荘一郎、原口要、長谷川芳之助がいる。 饅頭屋の子として小城郡東多久村別府に生まれる。早くに父親を亡くし、母の手で育てられたが、神童の誉れ高く、佐賀藩家老多久氏の家臣に取り立てられる。幼少時から学問に優れ、特に数学が得意だった。藩費により1872年に工部省工学寮(後に工部大学校、現在は東京大学工学部)に入学し、ウイリアム・エアトン等の下で電信学を学んだ。
