佐々木 敏夫(ささき としお、1942年(昭和17年)10月… 佐々木 敏夫(ささき としお、1942年(昭和17年)10月21日 - )は、日本の政治家。大分県豊後高田市長(3期)。元大分県議会議員(8期)、元大分県議会議長。2025年4月17日から全国最高齢市長。 大分県豊後高田市出身。1965年(昭和40年)3月、専修大学経済学部卒業。 1987年(昭和62年)、大分県議会議員選挙に初当選。2003年(平成15年)に県議会議長に就任。また、県議時代は自由民主党県連副会長などを務めた。 2017年(平成29年)2月13日、次期豊後高田市長選挙への出馬を表明。同年4月16日に行われた市長選に、市外在住者向けの土地代無料の分譲団地造成や、中学生までの給食費無料化、高校生までの医療費無料化などを公約に掲げ立候補。
是永 歳太郎(これなが としたろう、1860年2月15日(万… 是永 歳太郎(これなが としたろう、1860年2月15日(万延元年1月24日)- 1920年(大正9年)12月29日)は、明治から大正前期の警察官、農業経営者、政治家。衆議院議員、大分県西国東郡高田町長。名・直房、通称・歳太郎。 豊後国国東郡、のちの大分県西国東郡高田町(現豊後高田市)で、副里正の家に生まれる。漢学を修めた。 1877年(明治10年)西南戦争後に警察官となり、大分警察署(現大分中央警察署)勤務、鶴崎葉派出所詰を務めて退職。故郷の高田で書籍・文具商を経営。当時の高田警察署(現豊後高田警察署)長・赤鉾文太郎の勧誘で同署書記を務めた。 1889年(明治22年)町村制施行により高田町が発足し、同年6月、初代町長となり1899年(明治32年)8月まで在任。
清末 新郎治(きよすえ しんろうじ、1855年(安政2年5月… 清末 新郎治(きよすえ しんろうじ、1855年(安政2年5月) - 1928年(昭和3年)9月17日)は、明治から昭和時代初期の政治家、銀行家、実業家。貴族院多額納税者議員。 肥前島原藩領国東郡高田村(大分県西国東郡高田町、豊後高田町を経て現豊後高田市)に生まれる。1880年(明治13年)高田村会議員に就任したのを皮切りに、西国東郡会議員、同参事会員、同高田郵便電信局長、大分県木蝋業組合長、西国東郡農会長などを歴任する。ほか、実業家として共立高田銀行頭取、豊州製蝋社長、宇佐参宮鉄道取締役などを務めた。 1918年(大正7年)大分県多額納税者として貴族院議員に互選され、同年7月20日から同年9月28日まで在任した。
安東 九華(あんどう きゅうか、1825年5月12日(文政8… 安東 九華(あんどう きゅうか、1825年5月12日(文政8年3月25日)- 1904年(明治37年)1月8日)は、明治期の公吏、政治家。衆議院議員。名・宗明、字・子成、通称・貞五郎。九華は号であったが後に実名とした。 豊後国国東郡佐野村(大分県西国東郡河内村、高田町を経て現豊後高田市)で、旧家の安東家に生まれる。中津の藩儒・野本白巌、日出の帆足万里に漢学を学んだ。父の死去により帰郷して里正を継いだ。 1875年(明治8年)第一大区二小区戸長に就任し、次いで区長となる。その後、三潴県庁、福岡県庁、大分県庁に出仕し、1882年(明治15年)9月、西国東郡長に就任した。 1890年(明治23年)7月の第1回衆議院議員総選挙では、元田肇の豊州会から大分県第5区に出馬して次点となったが、第1区と同区で当選した元田が第5区を辞退したため繰上当選となった。