大浦 兼武(おおうら かねたけ、1850年6月15日〈嘉永3… 大浦 兼武(おおうら かねたけ、1850年6月15日〈嘉永3年5月6日〉- 1918年〈大正7年〉9月30日)は、明治・大正期の日本の内務官僚、政治家。 島根県知事(第10代)、山口県知事(第4代)、熊本県知事(第4代)、宮城県知事(第6代)、警視総監(第12・14代)、貴族院議員(勅選)、逓信大臣(第14代)、農商務大臣(第22・26代)、内務大臣(第24・27代)、大日本武徳会会長を歴任した。 薩摩藩主島津家の分家である宮之城島津家の家臣の大浦源太夫の長男として宮之城屋地に生まれる。幼名は均。戊辰戦争では19歳で、薩摩藩軍に参加し、奥羽会津城方面に出征。1869年、宮之城町に藩の常備隊が置かれると、二番小隊の小頭に任じられた。
