岩崎 有波(いわさき うるは、2006年3月13日 - )は… 岩崎 有波(いわさき うるは、2006年3月13日 - )は、沖縄県那覇市出身の女子サッカー選手。ノジマステラ神奈川相模原所属。ポジションはゴールキーパー。 2022年10月から2024年1月まで下部組織であるノジマステラ神奈川相模原ドゥーエに所属しながら育成組織TOP可選手としてトップチームに登録される。 2024年2月からトップチームに昇格。 2022年9月に、U-17女子ワールドカップに臨むU-17日本代表に選出された。大会では3試合にフル出場した。 2026年4月に行われたAFC U20女子アジアカップ2026に出場するU-20日本女子代表に選出され、チームキャプテンを任された。大会では全6試合中5試合フル出場でゴールを守り、日本の2大会ぶり7回目の優勝と2026 FIFA U-20女子ワールドカップの出場権獲得に大きく貢献した。
上原 牧人(うえはら まきと、1998年11月20日 - )… 上原 牧人(うえはら まきと、1998年11月20日 - )は、沖縄県那覇市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・サガン鳥栖所属。ポジションはDF。 那覇西高校では2年次と3年次に全国高等学校サッカー選手権大会に出場した。高校卒業後は城西国際大学に進学。 2020年7月22日、2021年シーズンからのFC琉球加入内定、および特別指定選手承認が発表された。8月16日、J2第12節のザスパクサツ群馬戦で後半途中から出場しJリーグデビュー。11月1日、J2第30節の大宮アルディージャ戦でJリーグ初ゴールを決めた。 2021年よりFC琉球に正式加入。3月14日、J2第3節のザスパクサツ群馬戦で後半途中から出場しプロデビューを果たしたが、約一か月後の同年4月9日に負傷。
知念 哲矢(ちねん てつや、1997年11月8日 - )は、… 知念 哲矢(ちねん てつや、1997年11月8日 - )は、沖縄県那覇市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・栃木シティ所属。ポジションはディフェンダー (DF) 。 那覇市立石田中学校、長崎総合科学大学附属高等学校では主将を務めた。進学した近畿大学では最終ラインの主力としてチームを支えた。 2020年、J2・FC琉球へ加入。7月11日のJ2第4節・徳島ヴォルティス戦でプロデビュー。9月9日の第18節・大宮アルディージャ戦でプロ初ゴールを決めた。2021年8月28日のブラウブリッツ秋田戦で負傷。右脛骨高原骨折で全治約4ヶ月の診断を受け、シーズン後半は戦線から離脱した。 2022年、J1・浦和レッズに完全移籍で加入。
新垣 貴之(あらかき たかゆき、1996年8月12日 - )… 新垣 貴之(あらかき たかゆき、1996年8月12日 - )は、沖縄県那覇市出身のサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。沖縄県社会人サッカーリーグ1部・FCセリオーレ所属。 流通経済大学では3年次の2017年に全日本大学選手権で優勝。自身もベストMF賞に選出された。 2019年、ギラヴァンツ北九州に加入。2020年8月19日に行われたJ2リーグ第13節大宮戦でプロ初ゴールを決めた。 2021年12月28日、モンテディオ山形への完全移籍が発表された。2022年11月15日、右肩関節反復性脱臼で全治6ヶ月の診断を受けて手術を行った。チームは同年12月8日に2023年シーズンに向けた契約の更新を発表した。
宮城 晃太(みやぎ こうた、1993年10月10日 - )は… 宮城 晃太(みやぎ こうた、1993年10月10日 - )は、沖縄県那覇市出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションは、ミッドフィールダー(MF)。 FC琉球U-15出身で、中学校卒業後にU-18へ昇格することもできたが、那覇西高校への進学を選択した。 大阪産業大学を経て、2016年より、古巣のFC琉球へ加入(大学で同期の山内達朗も同年加入)。同年シーズン終了後、現役引退が発表され、FC琉球アカデミーコーチに就任した。 2019年2月からJICA海外協力隊員としてカンボジアクラチエ州でユース年代の指導にあたった。2021年6月より、アンコールタイガーFCのアシスタントコーチとなる。
田口 泰士(たぐち たいし、1991年3月16日 - )は、… 田口 泰士(たぐち たいし、1991年3月16日 - )は、沖縄県那覇市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・ジェフユナイテッド千葉所属。ポジションはミッドフィールダー。元日本代表。 4歳上の兄の影響で幼稚園児のときからサッカーを始め、時は1年生からFC南スポーツ少年団に所属、6年生時にはU-12日本代表に選抜された。小学校卒業後は那覇市立小禄中学校に進学。2年生時にナショナルトレセンの九州選抜に選出。県内からはU-13の田口と、U-14の上里琢文の2人だけであった。3年生時には県内から唯一U-14日本選抜チームに選出された。3年生時にはキャプテンとしてチームを牽引 し、沖縄県中学新人大会で優勝。なお、決勝戦の対戦相手の安岡中学校には、後に高校やプロで同期となる久場光が在籍していた。
久場 光(くば ひかる、1990年4月9日 - )は、沖縄県… 久場 光(くば ひかる、1990年4月9日 - )は、沖縄県出身の元サッカー選手。ポジションはFW。 沖縄の那覇市立安岡中学校出身。攻撃の要としてチームを牽引 し、3年生時には沖縄県中学新人大会で準優勝。決勝戦の対戦相手の小禄中学校は、後に高校やプロで同期となる田口泰士がキャプテンを務めていた。 流通経済大学付属柏高等学校に進学。2年生時にベンチ入りし、高円宮杯全日本ユース選手権と全国高等学校サッカー選手権大会で優勝を経験。3年生時には田口泰士とのコンビで攻撃の中心を担い、高校総体で優勝に導いた。高校の一学年先輩に、大前元紀、比嘉祐介、中里崇宏がいる。 2008年11月、名古屋入りが内定。2009年1月25日、久場と田口を含む新人選手6人で入団会見を行った。
當間 建文(とうま たけふみ、1989年3月21日 - )は… 當間 建文(とうま たけふみ、1989年3月21日 - )は、沖縄県那覇市出身で松本山雅FC所属のサッカー選手。元U-21日本代表。ポジションはディフェンダー(左右サイドバックおよびセンターバック)。 FC琉球所属選手でビーチサッカー日本代表の當間正人は兄。
赤嶺 真吾(あかみね しんご、1983年12月8日 - )は… 赤嶺 真吾(あかみね しんご、1983年12月8日 - )は、沖縄県那覇市出身の元プロサッカー選手。駒澤大学出身。ポジションはフォワード(FW)。 小学校3年生の時に従兄の影響でサッカーを始める。1999年、中学の先輩からの勧誘と全国高校選手権への憧れから、鹿児島実業高校に越境進学。それまで主にMFとしてプレーしていたが、高校に入ってからFWを志望した。2001年(高校3年次)には、同期の立石飛鳥、登尾顕徳、松下年宏らと共にインターハイ及び選手権に出場し、共にベスト4入りした(選手権では準決勝で国見に敗れたが、大会優秀選手に選出されている)。 2002年に駒澤大学へ進学。1年次は、3期先輩の深井正樹と巻誠一郎がFWに定着していたため 出場機会が限られたが、2年次からは滞空時間の長いヘディングシュートを武器に エースとして活躍。
我那覇 和樹(がなは かずき、1980年9月26日 - )は… 我那覇 和樹(がなは かずき、1980年9月26日 - )は、沖縄県那覇市出身のサッカー選手。JFL・沖縄SV所属。ポジションはフォワード(FW)。元日本代表。 小学生の頃に宇栄原(うえばる)FCでサッカーを始め、小禄(おろく)中学校から宜野湾高校に入学。宜野湾高校3年時には第77回全国高等学校サッカー選手権大会に出場した。高校卒業後、川崎フロンターレに入団した。 ルーキーイヤーの1999年5月2日、J2の仙台戦(仙台スタジアム)でデビュー。翌2000年には5月13日のJ1・1stステージの名古屋戦(等々力陸上競技場)で途中出場し、後半終了直前に日本代表ゴールキーパーの楢﨑正剛から初ゴールをあげた。
喜名 哲裕(きな てつひろ、1976年12月10日 - )は… 喜名 哲裕(きな てつひろ、1976年12月10日 - )は、沖縄県那覇市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはミッドフィールダー(MF)。 1992年に那覇西高校へ進学。1994年度の全国高校選手権では、ドリブルで50メートルを独走してゴールするなど 中盤で鮮烈な印象を残し ベスト8入り。優秀選手に選出された。 1995年に高校を卒業し、Jリーグ・名古屋グランパスエイトへ加入。石川研に次いで沖縄から2人目、フィールドプレーヤーとしては沖縄初のJリーガーとなった。アーセン・ベンゲル監督による抜擢の下、同年6月のベルマーレ平塚戦でプロ初出場を果たし、翌1996年にはカップ戦含め38試合に出場する活躍ぶりを見せていたが、その後は右膝怪我との戦いが続き、1998年にはオランダへ渡って長期リハビリに臨むことになるなど 2年もの間プレーから遠ざかった。