スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
大南 拓磨(おおみなみ たくま、1997年12月13日 - … 大南 拓磨(おおみなみ たくま、1997年12月13日 - )は、愛知県刈谷市出身のプロサッカー選手。ベルギー・ファースト・ディビジョンA・OHルーヴェン。ポジションはディフェンダー(センターバック、右サイドバック)、ミッドフィールダー(右ウイングバック)。 元日本代表。 愛知県刈谷市出身。刈谷市立日高小学校時代は愛知県内の強豪サッカークラブである愛知FCに、刈谷市立刈谷東中学校時代も強豪サッカークラブである名古屋FCに在籍した。小中学生時にはサッカーに並行してフットサルも楽しみ、小学校高学年クラスから中学生クラスまで名古屋オーシャンズフットサルスクールに在籍した。小学生の時は標準的な背の高さだったが、中学生の時は大柄な体格となり躍動的なプレーを見せていたという。
井上 黎生人(いのうえ りきと、1997年3月9日 - )は… 井上 黎生人(いのうえ りきと、1997年3月9日 - )は、島根県出身のプロサッカー選手。Jリーグ・セレッソ大阪所属。ポジションはディフェンダー(DF)。既婚者 祖母がスペイン人でクオーターである。 雑賀JSCキッカーズにおいてサッカーを始める。滋賀県RESTA FCで個人技を磨く。 2015年に鹿児島実業高等学校からガイナーレ鳥取に加入。2018年からレギュラーに定着し、同年のJ3第12節・秋田戦から2020年J3第34節熊本戦までのリーグ89試合連続で先発出場した。 2021年、ファジアーノ岡山に移籍。J2全42試合先発フル出場した。 2022年、京都サンガF.C.に移籍。 2024年、浦和レッズに移籍。
福島 立也(ふくしま りゅうや、1996年9月5日 - )は… 福島 立也(ふくしま りゅうや、1996年9月5日 - )は、滋賀県守山市出身のサッカー選手。ポジションは、FW。 鹿児島実業高校時代は、背番号10番をつけていた。同期に井上黎生人が在籍していた。 2015年に鹿児島実業高校を卒業後、鹿児島ユナイテッドFCに入団。第17回日本フットボールリーグの開幕戦(奈良クラブ戦)にて、後半途中出場ながらアディショナルタイムに劇的な決勝点を挙げ、華々しくデビューする。2015年シーズンは途中出場のみだったが、鋭いドリブルによる攻撃参加が持ち味。 2016年4月、鈴鹿アンリミテッドFCへ期限付き移籍。 2017年よりヴェルスパ大分に完全移籍。同年7月、ヴェルスパ大分を退団。
桑山 聖生(くわやま としき、1996年6月6日 - )は、… 桑山 聖生(くわやま としき、1996年6月6日 - )は、日本のラグビー選手。
出田 優斗(いでた ゆうと、1995年6月13日 - )は、… 出田 優斗(いでた ゆうと、1995年6月13日 - )は、鹿児島県薩摩川内市出身の日本の陸上競技選手、スピードキューブ競技選手である。日本大会、アジア大会に出場経験あり。2026年現在はパラ陸上競技のガイドランナーとして活動中。 メインの専門種目は3000m障害であるが、専門は多岐にわたり、短距離、長距離をマルチにこなす。 薩摩川内市立川内中央中学校出身。1年目に外部コーチを連れてきて、2年目には地区優勝へ導く。3年時の夏休み明けの全校朝礼時、7種目の表彰を連続して行い、賞状やメダル、トロフィーを持ちきれなくなるという珍事が発生し、全校をざわつかせた。 スポーツ名門で強豪校の鹿児島実業高等学校(通称:鹿実)陸上部に特待生で進学。
横田 慎太郎(よこた しんたろう、1995年6月9日 - )… 横田 慎太郎(よこた しんたろう、1995年6月9日 - )は、阪神タイガースに所属するプロ野球選手(外野手)。実父は、ロッテオリオンズなどで外野手として活躍した横田真之。
川向 瑛(かわむこ えい、1995年1月9日 - )は、20… 川向 瑛(かわむこ えい、1995年1月9日 - )は、2016年現在トップリーグトヨタ自動車ヴェルブリッツに所属するラグビー選手。
山之内 優貴(やまのうち ゆうき、1994年9月18日 - … 山之内 優貴(やまのうち ゆうき、1994年9月18日 - ) は、鹿児島県出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはミッドフィールダー。 鹿児島実業高校3年次には、ナイキのスカウトプロジェクト「THE CHANCE」で第2次選考(26人)まで残った経歴を持つ。 その後はJ1・J2各クラブの練習に参加していたが、2013年にギラヴァンツ北九州に入団。 2015年4月から東海リーグ1部のFC鈴鹿ランポーレに期限付き移籍。シーズン終了後に北九州を契約満了になり、同年12月28日に大分トリニータへの加入が発表された。 2017年からアルビレックス新潟シンガポールに完全移籍により加入した。2018年1月1日に現役引退を自身ツイッターより発表した。
野田 昇吾(のだ しょうご、1993年6月27日 - )は、… 野田 昇吾(のだ しょうご、1993年6月27日 - )は、福岡県糸島市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。現在は埼玉西武ライオンズ所属。
高田 康暉(たかだ こうき、1993年6月13日 - )は鹿… 高田 康暉(たかだ こうき、1993年6月13日 - )は鹿児島県鹿児島市出身の陸上競技選手。専門は長距離走。鹿児島実業高等学校、早稲田大学競走部卒業。住友電工陸上競技部所属。 1学年上には吉村大輝、市田孝、市田宏(いずれも旭化成所属)がいる。
有村 優樹(ありむら ゆうき、1992年9月21日 - )は… 有村 優樹(ありむら ゆうき、1992年9月21日 - )は、鹿児島県日置市出身の元陸上競技選手。専門は長距離走。鹿児島実業高等学校、明治大学を経て、旭化成陸上部に所属した。
三遊亭 歌実(さんゆうてい かじつ、1992年9月16日 -… 三遊亭 歌実(さんゆうてい かじつ、1992年9月16日 - )は、落語協会所属の落語家。四代目三遊亭圓歌門下の二ツ目。本名∶塩満 拓也。 落語家になる前は鹿児島県警の警察官をしていた。 2013年2月に同郷である三遊亭歌之介に入門。翌年5月に前座となる、前座名は高校野球、サッカーなどのスポーツで有名な鹿児島実業高等学校出身であることから「歌実」。 2017年5月21日に入舟辰乃助、林家あんこと共に二ツ目昇進。
吉村 大輝(よしむら たいき、1992年6月19日 - )は… 吉村 大輝(よしむら たいき、1992年6月19日 - )は、鹿児島県姶良市出身の元陸上競技選手。専門は長距離走・マラソン。鹿児島実業高校、流通経済大学を経て、旭化成陸上部に所属した。大学時代に箱根駅伝へ3度出場歴があるが、そのすべてが関東学連選抜(現・関東学生連合)チームからという珍しい経歴を持つ。既婚。 高校は地元鹿児島県の鹿児島実業高校に通い陸上部に所属。3年時には主将としてチームを引っ張り、同学年の市田孝・市田宏兄弟や有村優樹らとともに活躍。2010年12月の全国高校駅伝では4区を担当し、先頭との差を40秒以上縮める力走でチームを初優勝に導いた。 高校卒業後、同級生の市田兄弟は大東文化大学、有村は明治大学と箱根駅伝優勝経験のある強豪校に進学する中、箱根駅伝出場経験のない流通経済大学に進学した。
市田 孝(いちだ たかし 1992年6月16日 - )は鹿児… 市田 孝(いちだ たかし 1992年6月16日 - )は鹿児島県鹿児島市出身の陸上競技選手。専門は長距離走。鹿児島市立吉野中学校、鹿児島実業高校、大東文化大学スポーツ・健康科学部スポーツ科学科卒業。現在旭化成陸上部に所属。双子の弟である市田宏とは中学校から実業団まで同じチームに所属している。また、宏と共に2017年~2020年の4度、ニューイヤー駅伝優勝メンバーに名を連ねている。既婚者。 双子の弟・宏とともに世代のトップ選手として活躍。中学3年生の時には、全日本中学校選手権とジュニアオリンピックで3000mに出場し、いずれの大会でも孝が優勝、宏が準優勝とワンツーフィニッシュを決めるなど圧倒的な強さで名を馳せた。
市田 宏(いちだ ひろし、1992年6月16日 - ) は、… 市田 宏(いちだ ひろし、1992年6月16日 - ) は、鹿児島県鹿児島市出身の陸上競技選手。専門は長距離走。鹿児島市立吉野中学校、鹿児島実業高校、大東文化大学スポーツ・健康科学部スポーツ科学科卒業。旭化成陸上部に所属。双子の兄である市田孝とは中学校から実業団まで同じチームに所属している。また、孝と共に2017年~2020年の4度、ニューイヤー駅伝優勝メンバーに名を連ねている。 双子の兄・孝とともに世代トップ選手として活躍。中学3年時には、全日本中学校選手権とジュニアオリンピックで3000mに出場し、いずれの大会でも孝が優勝、宏が準優勝とワンツーフィニッシュを決めるなど圧倒的な強さで名を馳せた。
小瀧 尚弘(こたき なおひろ、1992年6月13日 - )は… 小瀧 尚弘(こたき なおひろ、1992年6月13日 - )は、2017年現在トップリーグ東芝ブレイブルーパスに所属するラグビー選手。
阪本 一仁(さかもと かずと、1991年9月24日 - )は… 阪本 一仁(さかもと かずと、1991年9月24日 - )は、奈良県橿原市出身のプロサッカー選手。ポジションはフォワード、ミッドフィールダー。 高校まではFWとして、プロ入り後は主にサイドのプレーヤーとして起用されている。
谷口 功(たにぐち いさお、1991年2月16日 - ) は… 谷口 功(たにぐち いさお、1991年2月16日 - ) は、大阪府大阪市出身の元サッカー選手。現役時代のポジションはディフェンダー(DF)。 大阪市生野区出身。鹿児島実業高校に越境留学後、楚輪博が監督を務める桃山学院大学に進学。 3年次には全国大学選手権に出場するも、準々決勝で慶応義塾大学の前に0-1で敗れる。 4年次にも同選手権に出場。牟田雄祐・岸田翔平・清武功暉らを擁する福岡大学に初戦で0-1で敗れた。 2013年、ギラヴァンツ北九州に入団。リーグ戦3試合でベンチ入りを果たすも、この年北九州に所属したフィールドプレイヤーで唯一公式戦出場機会が無かった。 2014年、JFL所属の鹿児島ユナイテッドFCへ期限付き移籍。
徳重 元気(とくしげ げんき、1990年8月27日 - )は… 徳重 元気(とくしげ げんき、1990年8月27日 - )は、2016年現在トップリーグコカ・コーラレッドスパークスに所属するラグビー選手。
池田 倫太朗(いけだ りんたろう、1990年5月4日 - )… 池田 倫太朗(いけだ りんたろう、1990年5月4日 - )は日本の俳優。 鹿児島県垂水市出身。文学座所属。身長182cm。 鹿児島県霧島市で生まれる。男3人兄弟の1番下。小学2年生の時に父の仕事の都合で垂水市に引っ越す。兄2人がサッカーをやっていたため、小学2年生より大学卒業までプロを目指してサッカー一筋の学生時代を過ごした。 小学5年生より鹿児島県選抜に選ばれ、その当時のメンバーには現在ヴィッセル神戸で活躍する大迫勇也もいた。 高校はサッカー名門の鹿児島実業高等学校に進学し、寮生活をしながらサッカーに励んだ。第86回全国高校サッカー選手権大会に2年生でメンバー入りをしていたが、3年生に上がる前の春に右膝内側側副靱帯・半月板を損傷し、最後の1年間はリハビリの毎日だった。
入来 茉里(いりき まり、1990年(平成2年)2月16日 … 入来 茉里(いりき まり、1990年(平成2年)2月16日 - )は、日本の女優、タレント。鹿児島県出身、鹿児島実業高等学校卒業。ホリプロ所属。元夫は俳優の柄本時生。 1990年、鹿児島県に生まれる。実家は錦江湾が見える場所にある。 2007年、第32回ホリプロタレントスカウトキャラバン審査員特別賞を受賞し、芸能界入り。初出演のテレビ番組は『アッコにおまかせ!』であり、自ら挨拶することと時間を守ることを和田アキ子から助言された。2010年、『海の金魚』で映画初主演。2013年、前年出演の『ラッキーセブン』茅野メイ役で、雑誌『TVnavi』の読者が選ぶ「ドラマ・オブ・ザ・イヤー2012」の最優秀新人賞[女優]を受賞した。
大久 保陣(おおくぼ じん、1988年10月8日 - )は、… 大久 保陣(おおくぼ じん、1988年10月8日 - )は、大阪府和泉市出身の元自転車競技プロ(ロードレース)選手。 鹿児島実業高校を経て、法政大学に進学。 2009年ツール・ド・北海道(UCI2.2)出走、第4ステージでは集団スプリントに参加。U23トップの17位となるが、翌日の第5ステージでDNF。 184Cmという日本人離れした大柄な身長を活かしての爆発的なスプリントを得意としており、悪天候を苦手としない。宇都宮ブリッツェンに所属していた2016年シーズン、雨天のクリテリウムで2勝している。 父親は長年シマノレーシングのメカニックをしている(元ロード選手)の大久保修一氏。 2021年2月、宇都宮市内に「BAR JIN」をオープンした。
伊集院 峰弘(いじゅういん たかひろ、1988年6月4日 -… 伊集院 峰弘(いじゅういん たかひろ、1988年6月4日 - )は、日本の元プロ野球選手(内野手)。
永島 俊(ながしま しゅん, 1988年5月9日 - )は、… 永島 俊(ながしま しゅん, 1988年5月9日 - )は、東京都府中市出身のフットサル選手。元バルドラール浦安所属。ポジションはアラ。フットサル日本代表。180cmの長身で大きなストライドのドリブルを特徴とする。 フットサルの盛んな東京都府中市出身。小学生でサッカーを始め、中学年代では横河武蔵野FCジュニアユースでプレー。横河武蔵野FCでは原博実の長男・原大悟とチームメイトだった。高校年代では鹿児島実業高校にサッカー留学。2学年上に岩下敬輔、山下真太郎、1学年上に西岡謙太、赤尾公、豊満貴之らがいる。1年時の第83回全国高等学校サッカー選手権大会ではチームが優勝し、2年時の第84回サッカー選手権ではチームが準優勝した。
赤尾 公(あかお あきら、1988年2月15日 - )は、鹿… 赤尾 公(あかお あきら、1988年2月15日 - )は、鹿児島県鹿児島市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはミッドフィールダー。ディフェンダー。 鹿児島実業高校時代には2度の全国高等学校サッカー選手権大会に出場。2年時の第83回大会には優勝を経験。キャプテンを務めた3年時の第84回大会には決勝に進出したものの、乾貴士・青木孝太・楠神順平を擁する滋賀県立野洲高校に延長戦の末に敗れ準優勝に終わる。 高校卒業後は鹿屋体育大学に進学。4年時にはキャプテンを務めるなどチームの中心選手として活躍。 大学卒業後の2010年から、ガイナーレ鳥取に入団。前期16節の金沢戦で交代出場によりJFL初出場を果たすと、その1分後に初ゴールを決めチームの勝利に貢献した。
諏訪園 良平(すわぞの りょうへい、1987年10月23日 … 諏訪園 良平(すわぞの りょうへい、1987年10月23日 - )は、鹿児島県指宿市 出身のサッカー選手。JFL・ホンダロックSC所属。 ポジションはMF。
西岡 謙太(にしおか けんた、1987年4月15日 - )は… 西岡 謙太(にしおか けんた、1987年4月15日 - )は、愛媛県松山市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはミッドフィールダー(MF)。 鹿児島実業高等学校の2年時に出場した全国高校サッカー選手権準決勝の国見高校戦にて50メートル、最高到達点約30メートルの大きな弧を描いた超ロングシュートを決めた。2020年1月8日、現役を引退して鹿児島ユナイテッドFCのU-15コーチに就任した。
豊満 貴之(とよみつ たかゆき、1987年4月2日 - )は… 豊満 貴之(とよみつ たかゆき、1987年4月2日 - )は、鹿児島県出身のサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。
浅井 未来(あさい みく、1986年11月15日 - )は、… 浅井 未来(あさい みく、1986年11月15日 - )は、鹿児島県出身のプロウェイクボードライダーである。血液型はB型。身長154cm。鹿児島市立鴨池中学校卒業。鹿児島実業高等学校通信制卒業。 11歳で競技を始め、その年の13歳以下女子の部で全国優勝。 12歳で年齢無制限の部8位入賞を果たし、史上最年少プロとなる。 2005年にアジアンオープンツアー初優勝を果たし、2008年まで4連覇。2009年は初戦の転倒で6位に終わった事が響き、総合2位。 2008年より芸能事務所ノーリーズンに所属。競技普及の一環としてテレビバラエティ番組出演・グラビアなど芸能活動も開始した。 2012年限りで第一線を退く。
岩下 敬輔(いわした けいすけ、1986年9月24日 - )… 岩下 敬輔(いわした けいすけ、1986年9月24日 - )は、鹿児島県伊集院町(現:日置市)出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはディフェンダー(センターバック)。元日本代表。 鹿児島実業高等学校在学中の2005年に全国高等学校サッカー選手権大会で優勝を経験。この年、清水エスパルスに入団。中学年代までは攻撃的なポジションで鹿児島県選抜に選ばれた。足元の技術も高さを当時の監督長谷川健太に買われ、5月1日の大宮戦でボランチとしてデビューし、その後も本職のセンターバックだけでなくサイドバックなども任された。3年目の2007年J1第22節 対アルビレックス新潟戦に先発出場し、後半17分にCKからプロ入り初ゴールとなるヘディングシュートを決めた。
山下 真太郎(やました しんたろう、1986年4月2日 - … 山下 真太郎(やました しんたろう、1986年4月2日 - )は、東京都出身のサッカー選手。ポジションはFW。 2003年、鹿児島実業高等学校2年時に出場した全国高校サッカー選手権で2得点した。2004年、3年時にも同大会に出場し、得点王(4得点)を獲得する活躍で鹿児島実業の9年ぶりの優勝に貢献した。同期に岩下敬輔がいる。進学した駒澤大学ではなかなか出場機会に恵まれなかったが、4年次にリーグ戦初出場を果たした。 2009年に横河武蔵野FCに入団し、同年のリーグ戦5試合に出場した。 2013年に東京開催の国体の青年部のサッカーチームのキャプテンに任命される。
伊野波 雅彦(いのは まさひこ、1985年8月28日 - )… 伊野波 雅彦(いのは まさひこ、1985年8月28日 - )は、宮崎県宮崎市出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはディフェンダー(センターバック、サイドバック)、ミッドフィールダー(ボランチ)。元日本代表。 実家は宮崎市波島にある豆腐屋。幼少時は水泳や器械体操を習っていたが 9歳の時に全てを辞め、サッカーを始める。生目台中学では同期の上田常幸と共に宮崎県選抜に選ばれていた。この頃、同郷の増田誓志を伴いブラジル・リオデジャネイロに2度の短期留学を経験。また、当時から鹿島アントラーズのファンで、鹿島ユース入りを図って直談判を申し出たが、遠方のクラブに入る負担などを理由に断られた。スカウト担当の平野勝哉は当時の伊野波について「まだ小柄でどんなタイプの選手かも分からなかった」と述懐している。
森 洋介(もり ようすけ、1985年7月25日 - )は、鹿… 森 洋介(もり ようすけ、1985年7月25日 - )は、鹿児島県出身のサッカー選手。ポジションはDF。 鹿児島実業高校出身で高校時代には伊野波雅彦らと共に、第82回高校サッカー選手権でベスト4に進出した。 2008年8月、FC岐阜SECONDからJ2・FC岐阜に加入。FC岐阜がJリーグ加入して以降初めてBチームから昇格した選手である。 2009年はFC岐阜SECOND(2012年に行われる岐阜国体を目指して編成されたチーム)に所属し、2010年からヴォルカ鹿児島に移籍したが、2012年シーズン限りで退団。
濱島 悠輔(はましま ゆうすけ、1985年3月17日 - )… 濱島 悠輔(はましま ゆうすけ、1985年3月17日 - )は、日本のラグビー選手。
大野 龍二(おおの りゅうじ、1985年1月27日 - )は… 大野 龍二(おおの りゅうじ、1985年1月27日 - )は日本の元陸上競技選手、専門は長距離種目。鹿児島県出身。鹿児島実業高等学校卒業、愛知製鋼所属。アテネオリンピック男子10000m日本代表。男子10000mジュニア日本記録保持者。 鹿児島市立谷山小学校、鹿児島市立桜島中学校卒業。中学校で陸上部に入り本格的に陸上競技を始める。2000年、中学3年時には第5回全国都道府県対抗駅伝の2区を走り、鹿児島県代表として優勝を飾る。 同2000年鹿児島実業高校に進学、同校卒業の後2003年旭化成に入社。2004年には記録を伸ばし6月5日には第88回日本選手権に出場。初出場ながら男子10000mにおいて優勝、ジュニア日本新記録となる27分59秒32をマークした(従来の記録は藤原正和が保持していた28分17秒38)。
本多 雄一(ほんだ ゆういち、1984年11月19日 - )… 本多 雄一(ほんだ ゆういち、1984年11月19日 - )は、福岡県大野城市出身のプロ野球選手(内野手)。現在は福岡ソフトバンクホークスに所属。
柳崎 祥兵(やなぎざき しょうへい、1984年6月11日 -… 柳崎 祥兵(やなぎざき しょうへい、1984年6月11日 - )は、鹿児島県出身の元サッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。
赤嶺 真吾(あかみね しんご、1983年12月8日 - )は… 赤嶺 真吾(あかみね しんご、1983年12月8日 - )は、沖縄県那覇市出身の元プロサッカー選手。駒澤大学出身。ポジションはフォワード(FW)。 小学校3年生の時に従兄の影響でサッカーを始める。1999年、中学の先輩からの勧誘と全国高校選手権への憧れから、鹿児島実業高校に越境進学。それまで主にMFとしてプレーしていたが、高校に入ってからFWを志望した。2001年(高校3年次)には、同期の立石飛鳥、登尾顕徳、松下年宏らと共にインターハイ及び選手権に出場し、共にベスト4入りした(選手権では準決勝で国見に敗れたが、大会優秀選手に選出されている)。 2002年に駒澤大学へ進学。1年次は、3期先輩の深井正樹と巻誠一郎がFWに定着していたため 出場機会が限られたが、2年次からは滞空時間の長いヘディングシュートを武器に エースとして活躍。
登尾 顕徳(のぼりお けんとく、1983年11月30日 - … 登尾 顕徳(のぼりお けんとく、1983年11月30日 - )は、鹿児島県出水郡長島町出身の元サッカー選手、サッカー指導者。現役時のポジションはディフェンダー。 鹿児島実業高校出身。高校では1学年上に田原豊、上本大海、同級生に赤嶺真吾、松下年宏らがチームメイトにいた。福岡大学時代には2005年夏季ユニバーシアードの日本代表に選出された。 2006年に京都パープルサンガに加入。2006年は、ルーキーながら、リーグ戦20試合に出場。2008年、当初は京都に登録されていたが、2月に徳島ヴォルティスに期限付き移籍。2009年、徳島に完全移籍した。 2012年より、ギラヴァンツ北九州へ完全移籍。 2013年より、選手兼任コーチとしてヴォルカ鹿児島に加入。
松下 年宏(まつした としひろ、1983年10月17日 - … 松下 年宏(まつした としひろ、1983年10月17日 - )は、鹿児島県鹿児島市出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはミッドフィールダー及びディフェンダー。 兄の影響でサッカーを始める。 1999年に鹿児島実業高校に進学。3年時のインターハイ及び選手権では、同期の赤嶺真吾、立石飛鳥、登尾顕徳と共にベスト4入り。同年、明治大学サッカー部のセレクションを受け合格していたが、ガンバ大阪からオファーを受け、高校卒業後の2002年、G大阪に入団。主に右サイドバックとしてルーキーイヤーから多くの試合にベンチ入りし、Jデビューも果たした。 2005年には自己最多の14試合に出場するも、2006年は右WBに加地亮が加入したことなどにより出場機会に恵まれず、公式戦の出場機会確保と気持ちをリセットするために 同年6月から2007年12月までの1年半という長期の期限付き移籍でアルビレックス新潟へ移籍した。
武田 国拓(たけだ くにひろ、1983年6月28日 - )は… 武田 国拓(たけだ くにひろ、1983年6月28日 - )は、沖永良部島、和泊町出身のウルトラマラソンランナー。沖永良部島ランニング観光大使。身長168cm、体重53kg。 和泊町立和泊小学校、和泊町立和泊中学校卒業後、川島学園鹿児島実業高等学校から陸上自衛隊国分駐屯地第12普通科連隊、ツネヨシスポーツ(霧島市国分)、京セラ鹿児島、和泊町役場、にこにこクリニック、イルカ運輸、本部医院。現在は神村学園専修学校在学中。第68回鹿児島県下一周市郡対抗駅伝競走大会では日置チームの49年ぶり総合優勝に貢献。
立石 飛鳥(たていし あすか、1983年6月9日 - )は、… 立石 飛鳥(たていし あすか、1983年6月9日 - )は、鹿児島県枕崎市出身の元サッカー選手。ポジションはディフェンダー。現在は大阪市内の焼き肉店「飛牛」店長。
美坂 理恵(みさか りえ、1983年〈昭和58年〉4月6日 … 美坂 理恵(みさか りえ、1983年〈昭和58年〉4月6日 - )は、MBC南日本放送のアナウンサー。鹿児島県垂水市出身。 2012年(平成24年)以降、最優秀賞を含めアノンシスト賞を複数回、受賞している。 垂水市で生まれ、垂水市役所の近くで育ち、中学校まで垂水市で過ごす。小さな頃から内向的な性格で極度の人見知りであったが、国語の授業の音読で友人に褒められたことが自信になった。垂水市立垂水小学校を経て、垂水市立垂水中学校を卒業。 1997年(平成9年)4月、鹿児島実業高等学校の文理科に4期生として入学し、鹿児島市での生活が開始。バレーボール部に所属。全国高等学校野球選手権大会や全国高等学校サッカー選手権大会では、実業が出場した全国大会を生徒としてスタンドから観戦応援し、その大会の現場で試合の合間にチームを取材したことで、アナウンサーにだんだん憧れを持つようになっていく。
諏訪園 一吉(すわぞの かずよし、1983年3月4日 - )… 諏訪園 一吉(すわぞの かずよし、1983年3月4日 - )は、鹿児島県指宿市出身のサッカー選手。ポジションは、ミッドフィールダー。 中学時代から年代別日本代表に招集され、1998年に鹿児島実業高校へ進学。1999年度の全国高校選手権では準優勝に入った。 2001年に高校を卒業しJリーグ・FC東京へ加入したが、リーグ開幕直後に長年苦しんでいた左肩の脱臼を再発し、半年近くをリハビリに費やした。シーズン終盤に復帰し、翌2002年にかけてU-18 及びU-19日本代表候補に選出された。高校の先輩である藤山竜仁からはマッチデープログラム誌上において「(自身が着けている)背番号8は将来、諏訪園に譲りたいから相応しい選手になって欲しい」と期待を寄せられていた。
久留 貴昭(ひさどめ たかあき、1982年12月22日 - … 久留 貴昭(ひさどめ たかあき、1982年12月22日 - )は、鹿児島県出身の元プロサッカー選手。ポジションはディフェンダー。 上背はあまりないが、センターバックとしてディフェンスを統率している。 2006年から2年間は養護学校の臨時教員を務めた。2008年にはV・ファーレン長崎とプロ契約を結んだ。また、2007年はチームの主将を務めた。 2010年、シーズン終了後、契約満了となりプロを引退。創成館高校(長崎)の保健体育教諭とサッカー部監督に就任。長崎県サッカーリーグ1部、多良見ドランカーズで選手生活を継続中。岐阜国体成年男子サッカー長崎代表。
税所 義博(さいしょ よしひろ、1982年11月20日 - … 税所 義博(さいしょ よしひろ、1982年11月20日 - )は、鹿児島県出身の元サッカー選手。ポジションはディフェンダーだが、センターフォワードでプレーするときもある。 チームのスポンサーである親和銀行の行員である。 2010年2月11日付けの長崎新聞の報道によると、2009年をもって引退することがチームより発表された。なお、今後もチームの地域活動には関わる模様。
萩原 達郎(はぎはら たつろう、1982年8月6日 - )は… 萩原 達郎(はぎはら たつろう、1982年8月6日 - )は、鹿児島県出身のサッカー選手。ポジションはゴールキーパー。 2001年、鹿児島実高からJリーグ・ベガルタ仙台に加入。しかし高橋範夫・小針清允・高桑大二朗等実力者とのポジション争いに敗れ、長く第2・第3GKという立場で公式戦の出場機会はなかった。 高橋と高桑が退団し、小針の負傷でシュナイダー潤之介が加入しても控えが続いたが、2007年10月7日の天皇杯3回戦(対順天堂大学)でようやく公式戦初出場。2008年5月6日にはリーグ戦初出場を果たし、この年に圧倒的な成績で優勝したサンフレッチェ広島を好プレーの連続で完封、広島にこの年の初黒星をつけた。
上本 大海(うえもと たいかい、1982年6月1日 - )は… 上本 大海(うえもと たいかい、1982年6月1日 - )は、鹿児島県指宿市出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはディフェンダー(センターバック)。現在はJリーグ・大分トリニータの強化部スカウトを務める。 高校時代は鹿児島実業高校サッカー部で活躍。同期の選手に田原豊や萩原達郎、諏訪園一吉らがおり、2年次の1999年度には全国高等学校サッカー選手権大会で準優勝を果たした。 高校卒業後の2001年にジュビロ磐田に入団。磐田では出場機会に恵まれず、2005年に大分トリニータに期限付き移籍で加入。移籍当初はプレーの不安定な部分が目立ったが、程なく大分にとって欠かせない選手の一人となった。 2006年より大分に完全移籍した。
田原 豊(たはら ゆたか、1982年4月27日 - )は、鹿… 田原 豊(たはら ゆたか、1982年4月27日 - )は、鹿児島県姶良市出身の元サッカー選手。現役時代のポジションはフォワード。 2008年の京都がJ1昇格後は大型CFとして期待されたが、好不調の波が大きいことなどからチームから戦力外通告を受けて同年限りで退団となった。 京都退団後にJリーグ合同トライアウトへ参加。2009年には韓国の大田シチズンやオーストラリアのアデレード・ユナイテッドのキャンプに参加するも契約には至らず。その後、J2・湘南ベルマーレの練習に参加。新たな攻撃の軸を探す湘南の思惑と一致し、開幕2日前になって入団が決定した。得点だけでなく、ポストプレーはもちろん、激しいチェイシングや相手コーナーキック時には高さに不安を抱えた湘南のディフェンスをカバーする[要出典]など、チームに欠かすことの出来ない選手として活躍。
那須 大亮(なす だいすけ、1981年10月10日 - )は… 那須 大亮(なす だいすけ、1981年10月10日 - )は、日本の元プロサッカー選手、YouTuber。現役時代のポジションはディフェンダー(センターバック、サイドバック)、ミッドフィールダー(ディフェンシングハーフ)。守備的ポジションであればどこでもこなせるユーティリティプレイヤーであった。 神奈川県横浜市生まれ、鹿児島県南さつま市出身。鹿児島実業高等学校、駒澤大学文学部地理学科卒業。 高校の同期に松井大輔、2学年上に遠藤保仁、1学年下には田原豊、上本大海、2学年下には赤嶺真吾らがいた。 駒澤大学2年生の時に全日本大学サッカー選手権大会優勝に貢献。年代別カテゴリーの日本代表に選出される。 2002年、大学3年時に大学生Jリーガーとして横浜F・マリノスに入団。