大久保 孝義(おおくぼ たかよし)は、日本の医学者。専門は公… 大久保 孝義(おおくぼ たかよし)は、日本の医学者。専門は公衆衛生学、疫学、高血圧学。帝京大学医学部衛生学公衆衛生学講座主任教授、大学院医学研究科教授。家庭血圧測定の国際的な重要性を確立し、日本および世界の高血圧診療ガイドラインに影響を与えた研究者として知られる。Hypertension(AHA)誌のGuest Editor、Hypertension Research誌のAssociate Editor、日本循環器病予防学会誌編集長を歴任。 「家庭で測る血圧」の医学的意義を日本において先駆的に確立した研究者の一人である。岩手県大迫町で1980年代から実施されている「大迫研究(OHASAMA STUDY)」に長年関わり、住民を対象にした長期コホート研究を通して以下の知見を明らかにした。
今野 一宏(こんの かずひろ)は、日本の数学者、九州大学教授… 今野 一宏(こんの かずひろ)は、日本の数学者、九州大学教授、大阪大学大学院理学研究科教授、関西大学教授。 宮城県に生まれる。宮城県古川高等学校卒業。1982年京都大学理学部卒業。1984年東北大学大学院理学研究科修士課程修了。1987年博士課程修了。
力山 敏樹(りきやま としき)は、日本の外科医、医学者。自治… 力山 敏樹(りきやま としき)は、日本の外科医、医学者。自治医科大学医学部教授、副センター長。高度な肝臓・胆嚢・膵臓の外科手術(肝胆膵外科)を専門とし、日本トップクラスの手術技術(日本で数名しか出来ない肝胆膵臓の高難度手術を施す)を持つ名医として知られる。
天江 富弥(あまえ とみや、1899年(明治32年)3月 -… 天江 富弥(あまえ とみや、1899年(明治32年)3月 - 1984年(昭和59年6月22日)は、日本の児童文化研究家、郷土史家、こけし収集家。本名は「天江富蔵」。日本最初の炉端焼きとされる飲食店を太平洋戦争後に開き、その店主であった事績でも知られる。 宮城県仙台市出身。大崎八幡宮の御神酒の蔵元「天賞酒造」を営む7代目天江勘兵衛の三男として生まれる。本名の「富蔵」は生まれた年に大きな蔵が建設されたことから付けられた(その蔵は「富蔵(とみぐら)」と呼ばれたという)。年齢的にはまだ子どもだった1910年に、天賞酒造は買収した近隣の酒造場を富弥(富蔵)の名義で操業開始した。 市立仙台商業学校(現・仙台市立仙台商業高等学校)を経て、1920年(大正9年)に明治大学商科を卒業し、翌1921年(大正10年)に仙台市でスズキヘキとともに結成したおてんとさん社から童謡雑誌『おてんとさん』を創刊した。
佐々木 愚山(ささき ぐざん)は、江戸時代末期から明治時代前… 佐々木 愚山(ささき ぐざん)は、江戸時代末期から明治時代前期の儒学者。名は溥(ひろし)。字(あざな)は子淵。号は愚山の他、十二峰、小陰など。身長六尺、容貌魁偉で声が大きいと言われ、奇人として知られた。 文政6年(1823年)1月11日、仙台藩領の陸奥国牡鹿郡蛇田村(現・宮城県石巻市)に生まれる。父は同じく儒者である中田三平(名は謙、号は淡斎)。父は仙台大町に住んで門弟に学問を教え、豪商・佐藤助五郎(のち仙台藩郡奉行)の顧問として親しく交わったが、文政11年(1828年)に死去した。祖先を佐々木盛綱であると称するが詳細は不明[要出典]。 仙台を離れて下野国の足利学校の訓導となった後、上野国に移り安中藩校・造士館で学問を講じた。