杉山 勝彦(すぎやま かつひこ、1982年1月19日 - )… 杉山 勝彦(すぎやま かつひこ、1982年1月19日 - )は、日本のソングライター、編曲家、音楽家、音楽プロデューサーで、元フォークデュオ「TANEBI(USAGI)」のギタリスト。埼玉県入間市出身。早稲田大学理工学部建築学科卒業。 テーマを第一としているため、作詞のあとに作曲を行う。自ら作詞する場合のみならず乃木坂46のように作詞を他の作詞家が手がけている場合でも基本は同じである。 一度聴いてテーマが伝わらない楽曲は人様には聴かせないことをポリシーとしている。 音楽をやるきっかけをくれたのはMr.Childrenで、人生で初めて買ったCDは「名もなき詩」。 秋元康に、「本当に天才だと思います」と絶賛されている。
松本 素生(まつもと そう、1978年12月22日 - )は… 松本 素生(まつもと そう、1978年12月22日 - )は、日本のシンガーソングライター、音楽家、ボーカリスト、ギタリスト、作詞家、作曲家、DJ、ナレーター。日本のロックバンドGOING UNDER GROUNDのメンバー(担当はボーカル・ギター)。埼玉県桶川市出身、血液型A型。同バンドの楽曲の多くを作詞・作曲するほか、他のミュージシャンへの楽曲提供も行っている。2009年夏より「SxOxU(ソウ)」名義、「松本素生」名義でソロ活動も行っている。 2001年、GOING UNDER GROUNDのメンバー(ボーカル・ギター)としてシングル『グラフティー』でビクターエンタテインメントよりデビュー。
河野 丈洋(こうの たけひろ、1978年9月18日 - )は… 河野 丈洋(こうの たけひろ、1978年9月18日 - )は、日本の作曲家、音楽家。埼玉県上尾市出身。 2001年、ロックバンドGOING UNDER GROUNDのメンバー(ドラムス)としてシングル『グラフティー』でビクターエンタテインメントよりデビュー。バンドのリーダーを務め、同バンドのメインソングライターの松本素生に次いでバンドの楽曲の作詞・作曲を手掛けたほか、ドラムス以外にもピアノ、ギター、パーカッション、ヴァイオリンなどさまざまな楽器を演奏し、メインボーカルを担当することもあった。バンドでの活動と並行してシンガーソングライターとしても活動し、2009年にはソロデビューアルバム『CRAWL』を発表。
山下Topo洋平(やました トポ ようへい、1976年12月… 山下Topo洋平(やました トポ ようへい、1976年12月21日 - )は、日本の音楽家。ケーナ奏者、サンポーニャ奏者、歌手、ギタリスト、作曲家。 東京都北区生まれ。幼少期は埼玉県狭山市、10歳から東京都北区で育つ。 南米フォルクローレに音楽的ルーツを持つが、幅広いジャンルを取り込んで演奏している。 東京都立文京高等学校時代にケーナを始める。学習院大学文学部哲学科に入学した時期から日本のフォルクローレバンド「グルーポ・カンタティ」に参加。大学は3か月で中退し、本格的に音楽活動を開始。 「グルーポ・カンタティ」時代は日本とボリビアで活動。南米ミュージシャンとのコラボレーションとしては、Ernesto Cavour、Fernando Jimenez、Guísela Santa Cruz、Edgar Villarroel、Los Chaskas、Reynaldo Vega、Jorge Cumboらと共演。
坂出 雅海(さかいで まさみ、1958年〈昭和33年〉6月2… 坂出 雅海(さかいで まさみ、1958年〈昭和33年〉6月24日 - )は、日本の音楽家。 1958年、埼玉県川口市生。作曲や演奏などの活動を中学生の頃から行なっており、1982年にはヒカシューに参加。1988年から約3年間ドイツで音楽活動し、帰国後はヒカシューのベーシストとして国内外で演奏する他、コンピュータを使いこなし即興演奏も行う。舞台、映像作品ではサウンドデザイナーとして音響的な演出、オペレートを行う。 この項目は、音楽家(演奏者・作詞家・作曲家・編曲家・バンドなど)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:音楽/PJ:音楽)。
萩原 健太(はぎわら けんた、1956年2月10日 - )は… 萩原 健太(はぎわら けんた、1956年2月10日 - )は、日本の音楽評論家・ディスクジョッキー・音楽プロデューサー・作曲家・音楽家。CS-TBS番組審議委員、埼玉県浦和市(現・さいたま市)出身。 メジャーなポップ・ミュージック(主にアメリカのヒットチャート系)に精通しており、なかでもザ・ビーチ・ボーイズ、エルヴィス・プレスリー、ザ・ベンチャーズのマニアである。 裁判官の父親の転勤に伴い、北海道や千葉県など転々として育つ。早稲田高等学校を経て早稲田大学法学部に進む。在学中は放送研究会に所属。音楽評論家の宮治淳一は一年後輩で交友関係にある。またサザンオールスターズの桑田佳祐とは、サザンがデビューする以前からの友人であり、アマチュア時代のサザンに加入していたこともある、とラジオ番組で明らかにしている。
高木 英一(たかぎ えいいち、1953年3月15日 - )は… 高木 英一(たかぎ えいいち、1953年3月15日 - )は、日本の音楽家。近田春夫&ハルヲフォンのベーシストとして知られる。 1953年(昭和28年)、東京都に生まれる。立教高等学校時代の同級生に高橋幸宏がいた。 1972年(昭和47年)、バンド「ゲッセマネ」のベース担当だったが、高校の先輩・恒田義見に誘われ、近田春夫に説得され、「ゲッセマネ」を辞め、ハルヲフォン(後の近田春夫&ハルヲフォン)に加入。1975年(昭和50年)、ハルヲフォンの企画盤シングル『FUNKYダッコNo.1』でレコードデビューを果たす。同バンドのメンバーとして、TBSテレビ『ぎんざNOW!』に近田らとレギュラー出演、同時期である1977年10月に放送開始した『近田春夫のオールナイトニッポン』(ニッポン放送)にレギュラー出演、『恋のグンギンナイト』など近田と合唱。