IONA(イオナ、1993年 - )は、日本のイラストレータ… IONA(イオナ、1993年 - )は、日本のイラストレーター、グラフィックデザイナー。広告・PR領域で活動し、ビビッドなグラデーションと直線構成を活かした都市景観や風景のイラストレーションを制作する。新潟県長岡市出身。拠点は兵庫県神戸市。 1993年新潟県長岡市で生まれる。2014年に地元のデザイン系専門学校を卒業。広告代理店および不動産企業のインハウスデザイナーを経て、フリーランスとして活動。神戸市を拠点に商業案件を手がける。
小林 浩康(こばやし ひろやす、1972年 - )は、日本の… 小林 浩康(こばやし ひろやす、1972年 - )は、日本のアニメ監督、CGI監督、デザイナー、実業家。株式会社カラー取締役。新潟県柏崎市出身。武蔵野美術大学大学院造形研究科日本画コース修了。 マットペインターとして映画の世界に入り、CGアーティストを経てスタジオカラー参加。 『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』よりCGI監督、デザインワークス等を務める。 2017年7月、カラー・麻生塾・ドワンゴの3社で福岡に設立した、3DCGアニメスタジオ「プロジェクトスタジオQ」の取締役に就任。 2018年12月、ドワンゴ・KADOKAWA・カラー・インクストゥエンター・アソビシステムの5社で設立したバーチャルアニメ&キャラクタースタジオ「リド」の取締役に就任。
鈴木 雅久(すずき まさひさ、1960年6月18日 - 20… 鈴木 雅久(すずき まさひさ、1960年6月18日 - 2022年6月20日)は、イラストレーター、デザイナー。新潟県新潟市出身。敬和学園高等学校卒。 イラストレーターとしてのデビュー前には、漫画家の柴田昌弘の元アシスタントも務めていた。 1980年代にはサンライズ企画室に在籍しており、アニメを中心とした映像作品のデザインにも携わり、アニメ『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』では主役メカ・νガンダムのデザインコンペに参加、『機甲戦記ドラグナー』ではパイロットスーツなどの衣装や銃器、小物などのデザインなどのデザイン協力など、多岐に渡って活躍していた。実写映画『ガンヘッド』(1989年)では銃器デザイン協力として参加し、当初はデザイン作業のみの予定であったが、予算の都合から新規に制作することはできないためキャラクターに合わせた銃器の選択およびカスタマイズ案の提案も行うこととなった。
青山 充(あおやま みつる、1954年2月16日 - )は、… 青山 充(あおやま みつる、1954年2月16日 - )は、フリーの男性アニメーター、キャラクターデザイナー。新潟県上越市出身。 1話や1作品の原画を1人で担当する「一人原画」が多いことで知られている。 小さい頃は病弱で『鉄腕アトム』や『8マン』などを漫画の絵を模写していた。漫画は読んでいたもの熱心なマニアではなく、漫画家志望でもなかった。工業高校卒業後は上京し、東洋美術学校でグラフィックデザインを学んだ。学校へ行かなくなりアルバイトをしていた頃に絵を描く仕事をしたいと思い立ち、友人から下請け作画スタジオのスタジオルックを紹介されて業界に入りし、東洋美術学校は中退した。『ポールのミラクル大作戦』の動画を引き受け、1年近く経って24歳頃に原画の担当となった。
近藤 喜文(こんどう よしふみ、1950年3月31日 - 1… 近藤 喜文(こんどう よしふみ、1950年3月31日 - 1998年1月21日)は、日本のアニメーター、キャラクターデザイナー、アニメ演出家・監督。スタジオジブリ所属。新潟県五泉市出身。妻はアニメーション色彩設計者の近藤浩子(旧名:山浦浩子)。1子あり。 高畑勲、宮崎駿両監督作品を1970年代から晩年までアニメーターとして支え続けた。 1995年の映画『耳をすませば』で初めて劇場用長編アニメーションの監督を務め、次代の日本のアニメーション、またスタジオジブリを担う作家として、演出面でも将来を嘱望されていたが、47歳で急死した。 メリハリのあるアクションから細やかな生活芝居まで手がける高い技術と、仕事に妥協を許さない姿勢、人々を見つめる温かな眼差しは、今なお後進のアニメーターに影響を与え続けている。
桑山 弥三郎(くわやま やさぶろう、1938年 - 2017… 桑山 弥三郎(くわやま やさぶろう、1938年 - 2017年1月10日)は日本の書体デザイナー、ロゴデザイナー。かな書体タイポス開発者の一人で、1970年代に日本タイポグラフィ協会常任委員、後に佐藤敬之輔賞選考委員を務めた。新潟県柏崎市出身。1962年武蔵野美術学校卒業。 1970年代に雑誌『アイデア』に多数の記事を寄稿。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
亀倉 雄策(かめくら ゆうさく、1915年4月6日 - 19… 亀倉 雄策(かめくら ゆうさく、1915年4月6日 - 1997年5月11日)は、日本のグラフィックデザイナー。日本グラフィックデザイナー協会(JAGDA)初代会長。 代表作にフジテレビジョンの旧シンボルマーク(8マーク)や日本電信電話(NTT)のマーク(ダイナミックループ)、TDKおよびニコンFのロゴマーク、1964年東京オリンピックのポスター、サンケイアトムズ、ヤクルトスワローズのユニフォームがある。 没後、亀倉雄策の遺族の寄付により、亀倉の業績を讃えるとともにグラフィックデザインのさらなる発展をめざして亀倉雄策賞が設けられている。
阿部 恒(あべ ひさし)は、日本の男性アニメーター、キャラク… 阿部 恒(あべ ひさし)は、日本の男性アニメーター、キャラクターデザイナー、アニメ監督。新潟県加茂市出身。 地元の高校を卒業した後、アニメーターを目指して東京都内の専門学校へ入学する。それから半年後の1982年にスタジオワールドへ入社した後、虫プロダクションや童夢を経てマッドハウスへ入社する。1990年代以降はアニメーターだけでなく演出家としても活動し、1992年にはOVA『魔物ハンター妖子2』で初めて監督を担当する。2011年には、マッドハウスでの上司だった丸山正雄と共にMAPPAへ移籍。2014年まで同社で活動した。 2012年には約20年ぶりの監督作品『古町と団五郎』シリーズを制作しているが、その制作にあたって新潟市の担当者と面談する際には同市職員と友人だったいとこを通じての照会があり、新潟県知事(当時)の泉田裕彦が中学校当時の1年先輩に当たることが判明している。
あだち あさみは、新潟県・新潟市出身の絵本作家・デザイナー・… あだち あさみは、新潟県・新潟市出身の絵本作家・デザイナー・イラストレーター。シロイオナカデザイン代表。 新潟市の絵本作家、イラストレーター、デザイナー。2015年、絵本「おむすびちゃん」で絵本作家デビュー。 現在、新潟県内で幼児期家庭教育学級・講師をつとめ子供向けのワークショップなどの活動をしている。 新潟ろうきん様の夢咲Club通信2021年夏号 https://www.n-yume.jp/club/doc/yumesaki_61.pdf この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。