下条 未悠(げじょう みゆ、2000年10月20日 - )は… 下条 未悠(げじょう みゆ、2000年10月20日 - )は、富山県射水市出身の女子競輪選手。日本競輪選手会富山支部所属、ホームバンクは富山競輪場。日本競輪選手養成所第118期生。師匠は叔父の表大暁(82期)。 中学生のときにガールズケイリンを観て憧れ、自転車競技を始めた。氷見高校時代には2018年全国高等学校選抜自転車競技大会500mタイムトライアル3位、ケイリン3位、2018年インターハイ500mタイムトライアル2位という実績を残した。 2019年1月17日、競輪学校第118回技能試験に合格。在校競走成績は5位(19勝)。卒業記念レースは6着。 2020年5月15日、広島競輪場でデビューし4着。
宮越 孝治(みやこし こうじ、1979年1月18日 - )は… 宮越 孝治(みやこし こうじ、1979年1月18日 - )は、富山県富山市出身の競輪選手。日本競輪選手会富山支部所属、ホームバンクは富山競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第82期生。師匠は笹倉重治(48期生)。実兄の宮越大も競輪選手。 富山県立富山工業高等学校を経て、競輪学校に入学。在校競走成績は第6位(38勝)。 1999年4月14日、大津びわこ競輪場でデビューし初勝利。翌日、翌々日も勝利し、デビュー場所で完全優勝。同年12月29日に立川競輪場で開催されたルーキーチャンピオンレースを優勝。 2013年8月2日の小松島競輪場で勝利した後連勝を続け、9月7日の大垣競輪場でS級特進を果たした。
宮越 大(みやこし だい、1974年9月6日 - )は、富山… 宮越 大(みやこし だい、1974年9月6日 - )は、富山県富山市出身の競輪選手。日本競輪選手会(以下、選手会)常務理事(富山支部長兼務)。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第77期生。師匠は笹倉重治(48期)。弟の宮越孝治も現役の競輪選手(82期)。 富山県立富山工業高等学校を経て競輪学校に入学。在校競走成績は69位(5勝)。 1996年4月14日、名古屋競輪場でデビューし2着。初勝利は同年4月28日の甲子園競輪場。 2015年7月1日より実施される、競輪の後期級班別ランキングにおいて、40歳にして初めて競輪界最高ランク(S級S班は除く)であるS級1班に昇格。 のち選手会富山支部長に就任、さらに2022年6月下旬より選手会常務理事に就任したため公務専念によりそれ以降は競走参加を控えており、実質のラストレースは同年6月20日の宇都宮FII(モーニング)最終日第7レース(決勝)5着であった。
稲積 秀樹(いなづみ ひでき、1965年9月11日 - )は… 稲積 秀樹(いなづみ ひでき、1965年9月11日 - )は、富山県富山市出身の元競輪選手。日本競輪学校第55期卒業。現役時は日本競輪選手会富山支部所属。師匠は大橋勲(21期)。 富山県立大沢野工業高等学校を経て日本競輪学校に入学。同期には鈴木誠らがおり、在校成績22位で卒業。1985年5月11日、久留米競輪場でデビューし、初勝利も同日。 1994年の競輪祭(小倉競輪場)で3着。1995年にホームバンクの富山競輪場で行われたふるさとダービーでは2着となる。1998年のふるさとダービー(豊橋競輪場)では優勝し、富山支部所属選手として初めて現在のGII相当大会制覇を成し遂げた。 その後も活躍を続けていたが、2014年12月19日の玉野競輪場第1R・A級チャレンジ一般戦での6着を最後として、同年12月25日に選手登録消除。
伊藤 公人(いとう こうじん、1957年1月1日 - 201… 伊藤 公人(いとう こうじん、1957年1月1日 - 2018年9月2日)は、元競輪選手。富山県滑川市出身。日本競輪学校第40期卒業。現役時は日本競輪選手会埼玉支部所属。師匠は高瀬秀宏。ホームバンクは大宮競輪場。 実子に競輪選手の伊藤慶太郎(埼玉・107期)がいる。 富山第一高等学校を卒業後、日本競輪学校に入学。デビューからは埼玉を本拠とし、初出走は1977年11月10日の地元・大宮で、初勝利も同レース。しかし上位クラスに上がるまでに多少時間がかかり、GI初出場を果たしたのはデビュー9年目となる1985年、立川での日本選手権競輪。しかもこの後、伊藤はしばらくGIの出場を果たせず、それどころかC型肝炎を患ったことで3年間ほど満足にレースにさえ出ることができなくなってしまい、S級はおろかA級も瞬く間に陥落。