遠藤 湖舟(えんどう こしゅう、1954年 - )は日本の写… 遠藤 湖舟(えんどう こしゅう、1954年 - )は日本の写真家、現代美術家。「湖舟」は本名。 2007年写真集『宇宙からの贈りもの』(講談社刊)出版。2015年高島屋で大規模巡回写真展が開催され、8万人を動員した。この展覧会では「会場、作品ともにカメラ撮影可能、撮影された画像のSNS発信可能」とし、日本において、展覧会鑑賞者の自由度を高める先駆的役割を果たした。また、龍村美術織物とのコラボレーションで、世界で初めて写真を帯に織り上げた(5種)。写真展は900x1800mmを基本ユニットとし、パネル、アクリル板やガラス板へのダイレクトプリント、テキスタイルへのプリント、映像展示、音声などを駆使した空間構成を特徴とする。
保科 豊巳(ほしな とよみ、1953年 - )は、日本の現代… 保科 豊巳(ほしな とよみ、1953年 - )は、日本の現代美術家。ポストもの派のインスタレーション芸術家。東京藝術大学副学長。 長野県東御市生まれ。日本もの派、榎倉康二、高山登の影響の中、東京芸術大学で学ぶ。同期生に川俣正、下級生の宮島達男、中村一美がいる。ポストもの派世代に属し、木、紙、墨という素材を用いたインスタレーションや絵画制作を展開している。日本をはじめスイス、台湾、ドイツ、アメリカ、中国、などで作品発表を続けている。東京芸術大学美術学部絵画科油画専攻卒業。東京芸術大学大学院美術研究科修士課程絵画専攻修了。東京芸術大学大学院美術研究科博士後期課程美術専攻 単位修得退学。その後、明星大学芸術学科助教授、東京芸術大学美術学部専任講師、東京芸術大学美術学部助教授を経て2002年に文部科学省在外研究員として渡米。
宮澤 利昭 (みやざわ りしょう、1938年5月28日 - … 宮澤 利昭 (みやざわ りしょう、1938年5月28日 - )は、日本の画家、イラストレーター、テレビ美術家。長野県安曇野市出身。 長野県松本県ヶ丘高等学校を経て東京芸術大学美術学部図案計画科卒業後、TBSに入社し、昭和を時代背景にした名作を数多く残した作家で脚本家の向田邦子、作家で演出家の久世光彦のテレビドラマの美術を担当する。 サロン・ド・プランタン賞受賞。パリ国際青年ビエンナーレ展出品ほか、個展9回、グループ展に多数出品。 サンケイ新聞婦人欄にイラストを連載したほか、池田弥三郎著『わが街銀座』等の挿絵、TV番組「日本レコード大賞」、水曜劇場「ムー一族」、「世界・ふしぎ発見!」等の美術を担当する。
長谷川 靑澄(はせがわ せいちょう、1916年9月25日 -… 長谷川 靑澄(はせがわ せいちょう、1916年9月25日 - 2004年7月23日)は、日本の美術家、日本画家。本名は義治(よしはる)。 精密な描写をもとにしたデフォルム、また琳派や西洋の油彩絵画とも一線を画したマチエールに強いこだわりをもった独特な画風を確立した。作品は専ら日本美術院展覧会への出品作であり、日本美術院同人、同評議員となった。 1916年(大正5年) 9月25日、長野県下水内郡飯山町(現飯山市)に生まれる。旧制飯山中学(長野県飯山北高等学校)卒業。 15歳で地元の細野順耳(菊池契月の兄)に学び、1933年(昭和8年)上京し、18歳で松岡映丘門の吉村忠夫に入門し大和絵を専攻。1952年(昭和27年)36歳の時に吉村忠夫の急逝をうけ、日本美術院・同人の中村貞以(なかむらていい、1900年 - 1982年)に入門し、日本美術院展覧会を目指し研鑽を重ねる。
川村 吾蔵(かわむら ごぞう、明治17年(1884年)8月1… 川村 吾蔵(かわむら ごぞう、明治17年(1884年)8月17日 - 昭和25年(1950年)3月11日)は、日本の美術家。海外で活躍した国際的彫塑家であり、ニューヨークに多くのモニュメント彫刻を完成させたほか、乳牛像、著名人の胸像製作で高い評価を得た。 長野県臼田町(現:佐久市)に川村兵次郎・せむの三男として生まれる。遠縁である水彩画家・丸山晩霞などの影響により芸術家を志し、明治37年(1904年)渡米して彫刻の勉強をする。明治42年(1910年)フランスへ渡り、仏国立美術学校(エコール・デ・ボザール)へ入学。成績優秀で特待生となる。この間、オーギュスト・ロダンに助手の勧誘を受けるが、考え方の相違でこれを断りアメリカ人彫刻家フレデリック・マクモニスの助手となる。