大庭 美夏(おおば みか、1969年8月1日 - )は、日本… 大庭 美夏(おおば みか、1969年8月1日 - )は、日本女子プロ将棋協会(LPSA)所属の女流棋士。新団体( = LPSA)の立ち上げに専念するとして、2006年12月に現役を引退。静岡県沼津市出身。千葉大学教育学部卒業。佐瀬勇次名誉九段門下。LPSA番号15(日本将棋連盟所属時の女流棋士番号は44)。 この項目は、将棋の棋士(女流棋士・アマチュアを含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:ボードゲーム/プロジェクト:人物伝)。
神谷 広志(かみや ひろし、1961年4月21日 - )は、… 神谷 広志(かみや ひろし、1961年4月21日 - )は、将棋棋士。 棋士番号は149。廣津久雄九段門下。静岡県浜松市出身。 昭和55年度にプロとなった強豪グループ、いわゆる「55年組」の一人。 中学1年生のときには、まだアマチュア4級という遅咲きながら、それから1年足らずでアマチュア四段の実力となる。そして、中学2年の秋に奨励会に入り、20歳の誕生日を迎える前にプロ棋士となった。 1983年の若獅子戦で準優勝。1984年の早指し新鋭戦でも準優勝。 1987年の2月から8月にかけて、当時未開拓だった「飛車先不突き矢倉」を武器に公式戦28連勝の記録を樹立(下記参照)。同じ「55年組」の塚田泰明が半年ほど前に作ったばかりの記録(22連勝)を、あっさりと、そして大幅に塗り替えた。
青野 照市(あおの てるいち、1953年1月31日 - )は… 青野 照市(あおの てるいち、1953年1月31日 - )は、静岡県焼津市出身の将棋棋士。廣津久雄九段門下・棋士番号114。主な実績は竜王戦1組通算6期・順位戦A級通算11期・王座戦挑戦1回・棋戦優勝4回。 研究派として知られ、A級在籍時には大山康晴、中原誠、米長邦雄、谷川浩司等としのぎを削り、さらに羽生善治、佐藤康光、森内俊之、藤井猛等(いわゆる「羽生世代」)が台頭してきた中でも健闘した。1999年度のB級1組順位戦で1位となり、2000年に10年ぶりにA級に復帰したとき、羽生世代の棋士たちがA級の大半を占める中での活躍は「中年の星」として話題となった。 桐山清澄が2022年4月27日付で引退して以降、現役最古参棋士(四段昇段が最も古い)かつ現役最年長棋士となり、1950年代生まれの棋士としては唯一、70歳を過ぎても現役を続けていたが、2024年6月13日付で引退した。
間宮 純一(まみや じゅんいち、1908年(明治41年)8月… 間宮 純一(まみや じゅんいち、1908年(明治41年)8月25日 - 1981年(昭和56年)11月19日)は、将棋棋士。溝呂木光治八段門下。間宮 久夢斎(きゅうむさい)とも称した。入玉狙いという特異な棋風と放浪癖から、将棋界きっての奇人変人として知られた。 静岡県田方郡大仁町(後の伊豆の国市大仁)出身。裕福な家系(後述)に生まれ、経済的に恵まれた環境で幼少期を過ごした。 中等学校を四年次で中退して溝呂木光治の弟子となり、1923年に初段となった。18歳のときには溝呂木の内弟子となり、それから4年ほどで三段まで昇段したが、なかなか四段に上がれず苦しんだ。23歳の時に内弟子を辞めて独立し、各地を放浪するようになる。