来住 英俊(きし ひでとし、1951年 - )は、日本のカト… 来住 英俊(きし ひでとし、1951年 - )は、日本のカトリック教会の司祭。 滋賀県近江八幡市生まれ、神戸市育ち。灘高等学校から東京大学法学部に進む。司法試験に数次失敗、日立製作所に勤務。1979年、「パック旅行で訪れたイタリアの教会に魅せられ」、1981年、カトリック板橋教会で洗礼を受け、同年、カトリックの修道会である御受難修道会に入会。上智大学神学部で神学を学び、1989年に司祭に叙階される。 「祈りの学校」を主宰。
山本 素石(やまもと そせき 1919年6月26日 - 19… 山本 素石(やまもと そせき 1919年6月26日 - 1988年8月1日)は、釣り研究者、エッセイスト、宗教家。 滋賀県甲賀郡甲南町(現甲賀市)生まれ。本名、山本幹二。日本随筆協会、日本釣振興会、日本渓流釣連盟、各会員。 各種学校や塾を遍歴して一つも卒業せず、職業も転々として自由業に終始。絵付け職人の傍ら、山釣りと渓魚とツチノコの研究にのめり込み、京都を拠点に北海道北端から九州南端、さらには離島、韓国江原道まで彷徨した。 昭和40年代のツチノコブームの火付役で、田辺聖子の小説「すべってころんで」のモデルにもなった。天理教滋京分教会会長、ノータリンクラブ会長。
明石 順三(あかし じゅんぞう、1889年7月1日 - 19… 明石 順三(あかし じゅんぞう、1889年7月1日 - 1965年11月14日)は、日本の宗教家。1927年にワッチタワー(エホバの証人)の日本支部として灯台社を創立した。聖書に基づく信仰から戦争に反対し、1939年に検挙され、治安維持法違反で懲役刑を受けた。第二次世界大戦後の1945年10月に釈放されたが、1947年にエホバの証人のアメリカ合衆国本部を批判してエホバの証人から除名された。 1889年7月1日に滋賀県坂田郡息長村(現・米原市)岩脇(いよぎ)で生まれた。順三の生まれた家は彦根藩で代々藩医を務めていて、父の道貞は外科医あるいは漢方医だった。 順三は滋賀県立彦根中学校(後の滋賀県立彦根東高等学校)を2年で中退し、1907年に東京に行きプロテスタント系の神田教会の牧師である島貫兵太夫(しまぬき へいだゆう・ひょうだゆう)が主宰する力行会に入った。
西田 天香(にしだ てんこう、1872年3月18日(明治5年… 西田 天香(にしだ てんこう、1872年3月18日(明治5年2月10日) - 1968年(昭和43年)2月29日)は、滋賀県長浜市生まれの宗教家・社会事業家、政治家。一燈園の創始者。参議院議員。本名は市太郎。 明治5年(1872年) 滋賀県長浜の紙問屋「玉屋」に生まれる。杉蔭塾で杉本善朗氏から漢籍、珠算等を習う。また長浜キリスト教会の堀貞一牧師から西洋史、英語等を習う。 明治19年(1886年) 長浜旧開知学校高等科を卒業する。翌20年に義母を亡くす。 明治24年(1891年) 父、保三の死亡により家督を継ぐ。同年結婚。小川のぶ(15歳)と結婚。青年団の幹事長に選ばれその後、二宮尊徳の信奉者であった県知事の大越亨に見込まれる。