林浩平(はやし こうへい、1954年12月4日- )は、日本… 林浩平(はやし こうへい、1954年12月4日- )は、日本の詩人、文芸評論家、日本文学研究者。和歌山県出身。灘高等学校、東京大学法学部卒業。早稲田大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。大学卒業後7年間をNHKにディレクターとして勤務する。恵泉女学園大学特任教授。日本近代文学会、昭和文学会、四季派学会に所属。
和歌山県:5人
林浩平(はやし こうへい、1954年12月4日- )は、日本… 林浩平(はやし こうへい、1954年12月4日- )は、日本の詩人、文芸評論家、日本文学研究者。和歌山県出身。灘高等学校、東京大学法学部卒業。早稲田大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。大学卒業後7年間をNHKにディレクターとして勤務する。恵泉女学園大学特任教授。日本近代文学会、昭和文学会、四季派学会に所属。
冨上 芳秀(とかみ よしひで、1948年6月2日 - )は、… 冨上 芳秀(とかみ よしひで、1948年6月2日 - )は、日本の詩人。 「詩遊」発行人。日本現代詩人会会員。大阪文学学校・詩部門講師。 1948年6月2日、和歌山県和歌山市で出生。 和歌山県立桐蔭高等学校卒業。1971年、和歌山大学教育学部卒業。 1974年、松村信人、波多野真志と同人誌「位相」創刊、十号まで刊行。 1975年、沢木進、原冬木子、雨森安雄と「仮称・同世代アンソロジィの会」を結成。以後、「交流詩」と「ANTHOLOGY'82」に詩作品、評論を発表。毎月一冊現代詩文庫を読み、作品を批評し合う現代詩研究会を中之島中央公会堂で行う。第十冊を刊行して解散。 1980年2月、「詩的現代」(黒田喜夫、石毛拓郎、永井孝史、ねじめ正一、坂井信夫、麻生直子、根石吉久、川岸則夫、高木秋尾、中森美方、村島正浩ら)創刊号に参加。
田村 さと子(たむら さとこ、1947年3月26日 - 20… 田村 さと子(たむら さとこ、1947年3月26日 - 2020年1月19日)は、日本のラテンアメリカ文学研究者、詩人、元帝京大学教授。 和歌山県新宮市生まれ。本姓・川村。夫は新潟県副知事・立教大学教授を務めた自治省官僚の川村仁弘。小学校から和歌山県立新宮高等学校まで、中上健次と同級だった。1978年お茶の水女子大学家政学部卒業。メキシコ国立自治大学でラテンアメリカ文学を、スペイン国立マドリード大学で詩論を学ぶ。1989年お茶の水女子大学大学院人間文化研究科博士課程中退。1991年、「ガブリエラ・ミストラルの「死のソネット」研究」(川村さと子)で同大学術博士。1992年帝京大学助教授、のち教授。
壇上 春清(だんじょう はるきよ、1909年(明治42年)2… 壇上 春清(だんじょう はるきよ、1909年(明治42年)2月27日 - 1979年(昭和54年)9月13日)は、和歌山県田辺市出身の童謡詩人。本名は春之助。別号を芳花、青華。 金子みすゞや島田忠夫の童謡集を出版したことでも知られる。 第16回久留島武彦賞を受賞。 1924年(大正13年)頃より童謡を書き始め、『赤い鳥』『童話』『金の船』(のち金の星と改題)などの雑誌に作品を発表する。 同志社高等商業学校を卒業後、1974年(昭和49年)まで外務省に勤務する。 その間、1970年(昭和45年)に季節の窓詩舎から『金子みすず童謡集 繭と墓』を発行した。同書のあとがきには「下関の商品館から投稿していた」という記述があり、これが後に金子みすゞが再発見される大きな手がかりとなった。
佐藤 春夫(さとう はるお、1892年〈明治25年〉4月9日… 佐藤 春夫(さとう はるお、1892年〈明治25年〉4月9日 - 1964年〈昭和39年〉5月6日)は、近代日本の詩人・小説家。艶美清朗な詩歌と倦怠・憂鬱の小説を軸に、文芸評論・随筆・評伝作品・童話・戯曲・和歌とその活動は多岐に及び、明治末期から昭和中期まで旺盛に活動した。筆名を潮鳴、沙塔子、雅号を能火野人と称した。初代新宮市名誉市民。日本芸術院会員、文化功労者、文化勲章受章者。 生家は医家。中学時代から文学好きで、文芸誌「スバル」に詩歌を投稿した。永井荷風を慕い慶應義塾に入学。生田長江に師事。与謝野鉄幹・晶子の東京新詩社に入った。 『西班牙犬の家』(1917年)などで認められ、『田園の憂鬱』(1917年)や『都会の憂鬱』(1922年)で作家的地位を確立。