山口 友士(やまぐち ゆうし、2002年12月27日 - )… 山口 友士(やまぐち ゆうし、2002年12月27日 - )は、日本のプロボクサー。佐賀県多久市出身。三迫ボクシングジム所属。 兄は日本スーパーフライ級王者の山口仁也。 2024年6月17日、東京都の後楽園ホールにてウェズリー・カガとバンタム級6回戦を行い、6回判定3-0(59-55×2、58-56)の判定勝ちを収め、プロデビュー戦を白星で飾った。 2024年10月19日、漣川郡のスレウル・アート・ホールにて李東業と56.0kg契約6回戦を行い、6回判定3-0(58-57×3)の判定勝ちを収めた。 2025年1月14日、東京都の後楽園ホールにて、田中湧也(大橋)とバンタム級8回戦を行い、8回2分50秒TKO負けでキャリア初黒星を喫した。
野上 翔(のがみ しょう、2000年8月13日 - )は、日… 野上 翔(のがみ しょう、2000年8月13日 - )は、日本のプロボクサー。佐賀県鳥栖市出身。第62代日本フライ級王者。第49代OPBF東洋太平洋フライ級王者。RK蒲田ボクシングファミリー所属。 2023年7月20日のプロデビュー戦は初回TKO勝ち。 その後2024年3月19日に後楽園ホールで開催された「Lemino BOXING フェニックスバトル112」にて富岡浩介と日本フライ級ユース王座決定戦を行い、8回2-1(77-74、77-75、74-76)の判定勝ちを収め王座獲得に成功した。 2025年2月8日、初の海外遠征試合としてバンコクのシンマナサックスタジアムでワランチャイ・ブージャンと53.0kg契約8回戦を行い、3回1分KO勝ちを収めた。
山口 仁也(やまぐち じんや、1999年11月18日 - )… 山口 仁也(やまぐち じんや、1999年11月18日 - )は、日本のプロボクサー。佐賀県多久市出身。第46代日本スーパーフライ級王者。三迫ボクシングジム所属。 12歳からボクシングを始めた。 東福岡高校卒業、大東文化大学に入学。なお大東文化大学時代、ボクシング部主将を務めたことがある。 2022年6月22日のプロデビュー戦は5回TKO勝ち。 そして2023年3月14日に後楽園ホールで行われた「フェニックスバトル」にてアマチュア時代に2度対戦していた経験を持つ中垣龍汰朗と日本スーパーフライ級ユース王座決定戦を行い、8回2-0(77-75×2、76-76)の判定勝ちを収め王座獲得に成功した。 2024年10月31日、後楽園ホールで日本スーパーフライ級1位の重里侃太朗と日本同級最強挑戦者決定戦を行い、8回1-1(77-75、75-77、76-76)の引き分けとなりプロデビュー以来の連勝は5勝でストップしたものの、最強挑戦者決定戦の特別ルールとして引き分けとなった審判員が与えた優勢点により山口が勝者扱いとなり、王者の高山涼深への挑戦権を獲得した。
藤満 霞(ふじみつ かすみ、女性、1989年1月19日 - … 藤満 霞(ふじみつ かすみ、女性、1989年1月19日 - )は、日本のプロボクサー。佐賀県出身。関ボクシングジム所属。 兄が鳥栖商業高校のボクシング部で活躍していたのに影響され、中学3年から同部で練習に参加、進学後に初の女子部員3人のうちの1人となった。全日本女子大会演技の部で2位。 2006年、全日本女子実戦の部初出場でフライ級A準決勝まで進むが、新本亜也にRSC負け。 2007年、平成国際大学へ進学。 2009年、全日本女子ライトフライ級1で優勝。 2010年の全日本女子選手権フライ級にエントリー、準決勝で池原久美子(現:池原シーサー久美子)を退け決勝まで進むが、岩川美花に敗れ準優勝。2011年に行われたロンドンオリンピック強化合宿にも参加。
川内 将嗣(かわち まさつぐ、男性、1985年11月25日 … 川内 将嗣(かわち まさつぐ、男性、1985年11月25日 - )は、日本のアマチュアボクシング選手。北京オリンピック・ライトウェルター級日本代表。佐賀県鹿島市出身。ヒット&アウェイを得意とするサウスポースタイルのボクサータイプ。陸上自衛官で、階級は2等陸曹である。 剣道一家に生まれ育ったこともあり、父親に勧められて小学校3年から中学までは剣道に打ち込んでいたが、佐賀龍谷高校に入学後ボクシングを始める。3年時にはライト級(57kg - 60kg)で三冠(全国高校選抜、全国高校総体、国体で優勝)を達成。 2004年専修大学進学後、2年で全日本選手権ウェルター級(64kg - 69kg)で優勝。3年、4年時には全日本選手権ライトウェルター級で優勝。
副島 保彦(そえじま やすひこ)は、日本のボクサーである。出… 副島 保彦(そえじま やすひこ)は、日本のボクサーである。出生地:佐賀県、出身地:神奈川県。 経歴は、神奈川県藤沢市立鵠沼中-横浜高校-中央大学-群馬県。 神奈川県在住時、小学校からボクシングを始める。 1980年、モスクワオリンピック日本代表。 戦績186勝13敗 (110RSC・KO) 当時不良の巣窟として知られていた横浜高校の中でも3学年後輩の愛甲猛が「野球部キャプテンの門崎っていう人と、ボクシング部の副島、この2人はどうしようもないくらいワルかった」と後年振り返るほどの悪童として知られていた。