花澤 明(はなざわ あきら、1953年 - )は、日本の空手… 花澤 明(はなざわ あきら、1953年 - )は、日本の空手家。男性。千葉県出身。国際総武館空手道連盟総武館館長、MA日本キックボクシング連盟花澤ジム会長・同連盟副理事長。 千葉県袖ケ浦市出身。木更津中央高校で柔道部に所属しながら、松濤館流空手道の道場にも通った。柔道で関東大会まで進んだことから、1971年に城西大学に推薦入学したが、空手道部副主将の吉岡幸男が花澤を柔道部から引き抜いたため、空手道部に移籍。主将には三浦美幸、OBには設立者の添野義二、二期生に高木薫がおり、4年生の三浦・吉岡が三期生、花澤は六期生にあたる。同部は当時としては珍しい極真会館傘下の空手道部で、在学中は三浦・吉岡に指導を受けたほか、空手道部が夏合宿を毎年四国で実施していたことから、芦原英幸にも教わった。
三浦 美幸(みうら みゆき、1949年10月21日 - )は… 三浦 美幸(みうら みゆき、1949年10月21日 - )は、日本の空手家。男性。国際空手道三浦道場首席師範。段位は八段。千葉県木更津市出身。1972年の極真会館主催による、第4回オープントーナメント全日本空手道選手権大会でチャンピオンに輝いた。 船舶技師の息子として生まれる。兄弟は弟と妹。中学生で松濤館流空手道を始め、18歳の誕生日に黒帯弐段を取得する。若年時には柔道も経験し、17歳のときに初段も取得している。 1968年に城西大学入学後、添野義二が設立した極真会館傘下の空手道部に第三期生として入部し、再び白帯から始める。部の先輩には一期生の添野の他に、二期生の高木薫らがおり、同期には“幻の強豪”と称された吉岡幸男、後輩には六期生の花澤明がいる。
高木 薫 (たかぎ かおる、1948年10月9日 - 200… 高木 薫 (たかぎ かおる、1948年10月9日 - 2005年10月6日)は、福島県出身の空手家。大山倍達存命時は、極真会館北海道支部支部長、極真会館全国支部長協議会副会長の任にあった。 福島県いわき市出身。極真会館での同郷の後輩には佐藤勝昭がいる。1967年(昭和42年)に城西大学理学部数学科へ入学し、当時としては珍しい極真会館傘下の空手道部に入部した。主将には同部を創設した当時2年生の添野義二、高木は同部の二期生にあたる。後に入部してくる後輩には三期生の三浦美幸・吉岡幸男、六期生には花澤明がいる。 添野から学んだほか、大学1年生の二学期から本部道場にも通い、山崎照朝の指導を受けた。また空手道部が夏合宿を毎年四国で実施していたので芦原英幸にも教わった。
吉岡 幸男(よしおか ゆきお、1948年(昭和23年)- )… 吉岡 幸男(よしおか ゆきお、1948年(昭和23年)- )は、日本の空手家。男性。極真会館主催の第3回オープントーナメント全日本空手道選手権大会6位入賞。幻の強豪と称された。身長180cm、体重75kg。 千葉県佐倉市出身。習志野市立習志野高等学校では剣道部に所属し、参段を允許された。1968年(昭和43年)に城西大学へ入学して、当時としては珍しい極真会館傘下の空手道部に入部。同期には三浦美幸がおり、主将には同部を創立した当時3年生の添野義二、吉岡の一期上の先輩・二期生には高木薫、後に入部してくる後輩の六期生には花澤明がいる。 添野・高木らから学んだほか、山崎照朝の指導を受け、空手道部が夏合宿を毎年四国で実施していたので芦原英幸にも教わった。
添野 義二(そえの よしじ、1947年9月29日 - )は、… 添野 義二(そえの よしじ、1947年9月29日 - )は、日本の空手家(士道館九段)・キックボクサーであり、世界空手道連盟士道館館長・キックボクシング「そえのジム」会長。極真会館出身で、城西の虎・極真の猛虎などの異名を持ち、山崎照朝と共に極真の龍虎と呼ばれていた。土方歳三に憧れていた事から一時期、添野 義三(そえの よしぞう)とも名乗っていた。士道館最高師範の添野達一は長男。 埼玉県所沢市出身。1964年9月1日に極真会館に入門。館長の大山倍達を筆頭に、大山道場時代からの師範代である石橋雅史・黒崎健時らが指導を行っていた。先輩には大山茂・大山泰彦・千葉真一・郷田勇三・中村忠・加藤重夫・藤平昭雄・芦原英幸らがいた。