三輪 航大(みわ こうた、1999年7月3日 - )は、日本… 三輪 航大(みわ こうた、1999年7月3日 - )は、日本の映画監督・脚本家・VFXアーティスト。 中学卒業時に作成した卒業記念動画をきっかけに、映像制作の道を志す。 明治学院高等学校を経て東京造形大学デザイン学科映画専攻に入学し、数本の自主映画、MVなどを監督、脚本、製作。在学中には映画プロデューサーの前信介のもとで、撮影部見習いスタッフとして複数の商業映画に参加する。 大学卒業後、商業映画・テレビドラマの助監督を経て、マリンポストに参加しVFXアーティストとしても活動する。 2025年『雨あがりの舗道 PILOT FILM』で監督デビュー。
柴野 太朗(しばの たろう、1992年6月7日 - )は、日… 柴野 太朗(しばの たろう、1992年6月7日 - )は、日本の映画監督、映像作家。 宮城県仙台市生まれ、新潟県長岡市出身。東京造形大学在学時の卒業制作『モラトリアム・カットアップ』が、ぴあフィルムフェスティバル PFFアワード2015に入選。第9回 田辺・弁慶映画祭にてグランプリを受賞。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
稲葉 雄介 (いなば ゆうすけ、1986年 - )は、日本の… 稲葉 雄介 (いなば ゆうすけ、1986年 - )は、日本の映画監督。 神奈川県出身。東京造形大学卒業。在学中は諏訪敦彦に師事。初監督作「君とママとカウボーイ」がシネマデジタルソウル国際映画祭など国内外の映画祭で上映、アピチャッポン・ウィーラセタクンに評価される。2015年には、日本タイ共同製作作品「アリエル王子と監視人」を監督。全編熊本で撮影を行った。
池田 将(いけだ しょう、1983年6月24日-)は日本の映… 池田 将(いけだ しょう、1983年6月24日-)は日本の映画監督。映像プロダクション、Sundy inc.の設立メンバー。 1983年東京生まれ。東京都昭島市、福岡県花畑、兵庫県神戸市、東京都昭島市で育つ。私立明法中学高等学校にて6年間過ごし、卒業後は新聞配達をしながら立川美術学院に在学。本予備校の小論文の先生が「映像歳事記 鳥居をくぐり抜けて風」のプロデューサーも務めた小笠原高志氏。東京造形大学デザイン学科映画専攻領域入学後、映画監督・諏訪敦彦に師事し、柏田洋平や吉田光希らと共に映画表現の在り方を日々模索。2008年、卒業制作で制作した『亀』は造形大学造形賞を受賞後、下北沢トリウッドにて劇場公開し監督デビュー。
吉田 光希(よしだ こうき、1980年10月7日 - )は、… 吉田 光希(よしだ こうき、1980年10月7日 - )は、東京都出身の映画監督。2016年1月よりTOM company所属。 東京造形大学造形学部デザイン学科映画専攻領域卒業。大学在学中より諏訪敦彦監督に師事。 また塚本晋也監督作品を中心に映画制作現場に参加。特殊効果、照明助手、美術助手、助監督などの経験を積む。 卒業後は製作プロダクションにてCMやPVの制作に携わる傍ら、自主製作映画『症例X』で、第30回ぴあフィルムフェスティバル(PFF)審査員特別賞を受賞。 同作品は第61回ロカルノ国際映画祭の新鋭監督コンペティション部門に入選。第20回PFFスカラシップの権利を獲得し、『家族X』で劇場デビュー。
糸曽 賢志(いとそ けんじ、1978年5月30日 - )は、… 糸曽 賢志(いとそ けんじ、1978年5月30日 - )は、広島県広島市出身の映画監督、経営者、投資家。大阪成蹊大学芸術学部長・教授、早稲田大学招聘研究員。 東京造形大学卒業。早稲田大学大学院 修士課程修了。慶應義塾大学大学院 博士課程単位取得後自主退学。 大学在学中から商業アニメーション制作に参加。同時期に読切漫画を多数執筆し少年ジャンプの新人賞にて評価される。1998年にスタジオジブリが公募した東小金井村塾に合格し、アニメ監督の宮崎駿に師事。この面接試験時に宮崎駿と交わされた「トトロは肉食」エピソードが話題となり、TVのクイズ番組にて出題されたほか、再現ドラマVTRが全国放映された。 「遊☆戯☆王オフィシャルカードゲーム」「機動戦艦ナデシコ -The prince of darkness-」等の作品に参加後、渡米を機に活動の幅を広げる。
朝倉 加葉子(あさくら かよこ、1977年、女性- )は、日… 朝倉 加葉子(あさくら かよこ、1977年、女性- )は、日本の映画監督。山口県出身。 東京造形大学を卒業。テレビ番組制作会社のアシスタントディレクターを務めたのち、2004年、映画美学校に入学する。映画美学校フィクション・コース第8期高等科を修了。修了作品の『ハートに火をつけて』は「映画美学校セレクション 2008」にて上映された。 2010年、女性監督による短編映画の上映企画『桃まつり presents うそ』にて『きみをよんでるよ』が劇場公開され、同年、『怪談新耳袋 百物語』の一編『空き家』で商業作品デビュー。2013年、アメリカ合衆国を舞台としたホラー映画『クソすばらしいこの世界』で長編映画デビューを果たす。
鈴木 卓爾(すずき たくじ、1967年2月14日 - )は、… 鈴木 卓爾(すずき たくじ、1967年2月14日 - )は、日本の脚本家、俳優、映画監督。『私は猫ストーカー』や『ゲゲゲの女房』を制作した監督で知られている。2016年4月から2024年3月まで京都芸術大学(元・京都造形芸術大学)映画学科で准教授・教授を勤めた。俳優としてASLAND CRUISEに所属。 1967年2月14日、静岡県磐田市に生まれる。高校在学中の1984年、8mmのアニメーション映画『街灯奇想の夜』を監督する。その後、東京造形大学造形学部に進学する。1988年、『にじ』が第11回ぴあフィルムフェスティバルにて審査員特別賞を受賞する。俳優としては、『夏の思い出 異・常・快・楽・殺・人・者』で主演を務めたほか、『トキワ荘の青春』で藤子不二雄Aを演じている。
秋山 貴彦(あきやま たかひこ、1963年7月12日 - )… 秋山 貴彦(あきやま たかひこ、1963年7月12日 - )は、日本の映画監督、VFXスーパーバイザー、株式会社4Dブレイン代表取締役、Tokyo XR Startupsメンター。東京都江東区出身。 株式会社GADGET Chief Creative Officer (CCO) 東京造形大学在学中より『平凡パンチ』、『流行通信』、『月刊ログイン』、『月刊小説王』連載の『帝都物語』(荒俣宏原作)の挿絵など、怪奇、幻想イラストを手掛ける。 1985年、『ログイン』誌上掲載のコンピュータゲームの仕事をきっかけにCGの世界に惹かれる。 1987年、CGプロダクションのトーヨーリンクス(現IMAGICA)に入社。
犬童 一心(いぬどう いっしん、1960年6月24日 - )… 犬童 一心(いぬどう いっしん、1960年6月24日 - )は、日本の映画監督、CMディレクター、脚本家。ADKアーツ所属後、株式会社スカイドラム代表。現在も東京都在住。 東京都生まれ。法政大学第一高等学校(現:法政大学高等学校)在学中より自主制作映画の監督、製作をスタートする。1979年、『気分を変えて?』の脚本・監督を務め、ぴあフィルムフェスティバル入選。入選後、黒沢清、手塚眞らと知り合い、交友を深める。 自主制作時代、池袋文芸坐(現・新文芸坐)主催のMWC(マインド・ウェーブ・シネマ)に参加、1982年『赤すいか黄すいか』(16mmフィルム)、1983年『夏がいっぱい物語』(8mmフィルム)などのフィルムによる作品を手がけた。
諏訪 敦彦(すわ のぶひろ、1960年5月28日 - )は、… 諏訪 敦彦(すわ のぶひろ、1960年5月28日 - )は、日本の映画監督。即興的演出技法という独特のスタイルで知られる。母校である東京造形大学学長を2008年から2013年まで務めた。東京藝術大学教授。 広島県広島市佐伯区出身。広島市立五日市中学校~広島県立廿日市高等学校卒業後、かわなかのぶひろの影響で東京造形大学デザイン学科に入学。大学在学中からインディペンデント映画を製作。 卒業後、石井聰亙や山本政志、松井良彦、山川直人らの作品に携わる傍ら、テレビドキュメンタリーの演出を手がける。1985年『はなされるGANG』で、ぴあフィルムフェスティバル入選。 1981年から数年にわたっては、映画の自主制作運動の拡大を目指して、この時期に参加していた自主制作映画を中心とする多数の作品の上映会を企画。
筒井 武文(つつい たけふみ、1957年 - )は、日本の映… 筒井 武文(つつい たけふみ、1957年 - )は、日本の映画監督、映画評論家。東京芸術大学大学院映像研究科教授。 1957年、三重県に生まれる。東京造形大学在学中の1982年、『レディメイド』を発表する。2004年、長編監督作品としては『ゆめこの大冒険』(1987年)以来となる『オーバードライヴ』が公開される。2011年、竹厚綾と綾野剛と三村恭代を主演に迎えた『孤独な惑星』が公開される。
北浦 嗣巳(きたうら つぐみ、1952年7月8日 - )は、… 北浦 嗣巳(きたうら つぐみ、1952年7月8日 - )は、日本の映画監督、演出家、脚本家、プロデューサー。千葉県出身。 東京造形大学在籍中に実相寺昭雄の監督作品『あさき夢みし』(1974年)にアルバイトで参加し、その後実相寺率いる映像制作集団「コダイ」に所属。円谷プロダクションの『恐竜大戦争アイゼンボーグ』(1977年)に助監督として参加した後、実相寺昭雄監督作品にチーフ助監督として携わる。 その後『西遊記』(1994年)で本編監督と特技監督を務めたのを皮切りに、テレビドラマや映画の監督として活動するほか、舞台やオペラなどの演出も手がける。 『ウルトラマンティガ』(1996年)以降平成ウルトラシリーズの常連スタッフとなる。