柳亭 市好(りゅうてい いちこう、1993年5月25日 - … 柳亭 市好(りゅうてい いちこう、1993年5月25日 - )は、落語協会に所属する落語家。四代目柳亭市馬門下の二ツ目。 2016年5月に愛知大学文学部卒業後、四代目柳亭市馬に入門、翌年3月21日に前座となり、前座名「市坊」を名乗る。 2020年11月1日、金原亭乃ゝ香と共に二ツ目昇進、「市好」と改名。市馬の前名「さん好」にちなむ命名である。 この項目は、落語家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:舞台芸術/PJ:お笑い)。
柳家 燕弥(やなぎや えんや、1977年3月14日 - )は… 柳家 燕弥(やなぎや えんや、1977年3月14日 - )は落語協会所属の落語家である。出囃子は『郡上踊り』。本名∶中島 康貴。岐阜県岐阜市出身。 愛知大学文学部在学中より、落語研究会に所属。 2000年11月、三代目柳家権太楼に弟子入り。前座名は柳家さん太。 2004年7月、柳家さん弥、柳家初花、林家ほや平と共に二ツ目に昇進し柳家右太楼と改名。 2015年3月に三遊亭司、柳家小傳次、四代目桂右女助、柳家海舟、四代目入船亭扇蔵、二代金原亭馬治、二代目金原亭馬玉、三代目柳家さん助、柳家燕弥、三遊亭彩大で真打昇進、「燕弥」を襲名。 書道が趣味であり、書宗院理事長の高橋蒼石に師事(大師匠五代目柳家つばめが書道の方で益を受けた比田井南谷の弟子)。
微笑亭 さん太(ほほえみてい さんた、1964年10月31日… 微笑亭 さん太(ほほえみてい さんた、1964年10月31日 - )は、愛知県出身・在住のアマチュア落語家・落語作家。本名は横井正幸。 愛知県豊田市生まれ。愛知県立豊田西高校、愛知大学法学部卒業。大学時代に、落語研究会に所属、以来、豊橋市の社会人落語家グループ「豊橋落語天狗連」に所属、中心メンバーとして活動。高座名は、ドカベンの微笑三太郎からというのは誤りで、『微笑亭』は愛大落研に現存する亭号で、同時期に入部した女性部員と『サンタ・マリア』のセットで名付けられた。 落語家としてだけでなく、新作落語の台本作家としても実力を認められている。2004年に『六人の会』主催第1回全国落語台本コンクールで最優秀賞をとった後、春風亭小朝に月1本落語台本を送っていたが、後には小朝から注文をもらってオーダーの内容に合わせた噺を10日間で書き上げており、その才能を高く評価された。
立川 小談志(たてかわ こだんし)は落語の名。当代は二代目。… 立川 小談志(たてかわ こだんし)は落語の名。当代は二代目。 二代目 立川 小談志(1976年9月8日 - )は、岐阜県揖斐郡生まれの落語家。本名∶寺田 政春。 1999年3月、愛知大学経済学部卒業。在学中は落語研究会に所属し、同期に柳家権太楼門下の柳家燕弥がいた。 1999年5月、落語立川流Aコースに入門し、立川 談吉と命名される。2002年5月21日、第三次前座全員破門騒動により立川流を破門となるが、その翌月、破門騒動により前座が一人しかいないという事態に対し立川談志の判断により、立川流一門共有前座という形で復帰。「談一」と改名する。同年7月には「千弗」に改名する。 2007年7月、立川キウイ、立川談大、立川平林、立川吉幸、立川談奈、立川らく里、立川志らべ、立川らく次と共に二ツ目昇進し「泉水亭 錦魚」に改名する。