高木 正勝(たかぎ まさかつ、1979年 - )は、日本の音… 高木 正勝(たかぎ まさかつ、1979年 - )は、日本の音楽家、映像作家。京都府出身。 12歳から親しんでいるピアノを用いた音楽、世界を旅しながら撮影した「動く絵画」のような映像の両方を手掛ける。 京都外国語大学外国語学部に在学していた。 友人向けのミュージックビデオ制作などを経て、2001年にアメリカのレーベルカーパーク・レコーズから音楽と映像のアルバム『pia』でデビュー。初期はピアノ演奏にソフトウェア処理を加えた電子音楽と、映像作品を等価に制作するスタイルだった その後国内外の美術館で映像展示を行い、細野晴臣主催のdaisyworld discsなどから作品をリリース。2003年-2004年にはデヴィッド・シルヴィアンのワールドツアー「Fire in the Forest」にビジュアル担当として参加 2013年頃に兵庫県の山深い谷間に移住。
赤染 晶子(あかぞめ あきこ、1974年10月31日 - 2… 赤染 晶子(あかぞめ あきこ、1974年10月31日 - 2017年9月18日)は、日本の小説家。京都府舞鶴市出身。 1996年度京都外国語大学外国語学部ドイツ語学科卒業、北海道大学大学院文学研究科ドイツ文学専攻博士課程中退。大学院ではベルトルト・ブレヒトを研究した。ドイツに短期留学している。2004年、「初子さん」で第99回文學界新人賞受賞。ペンネームは赤染衛門に由来する。2010年、「乙女の密告」で第143回芥川賞受賞。 2017年9月18日午前2時26分、急性肺炎のため京都府宇治市の病院で死去した。42歳没。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
咲乃 月音(さくの つきね、1967年2月23日 – )は、… 咲乃 月音(さくの つきね、1967年2月23日 – )は、日本の小説家。大阪府生まれ。京都外国語大学英米語学科卒業。 シンガポール在住。家族はアメリカ人の夫と二女。 1994年、大阪で五年間勤務した外資系金融会社の香港支店に異動。勤務のかたわらで2005年より執筆活動を開始。 2007年、咲乃月音のペンネームで執筆した『オカンの嫁入り』が宝島社主催、第3回日本ラブストーリー大賞 ニフティ/ココログ賞を受賞し、作家としてデビュー。同作は翌2008年に書籍化され、2010年に宮﨑あおい、大竹しのぶのダブル主演により映画化、また同年、佐藤アツヒロ主演により舞台化もされ、30万部を売り上げるベストセラーとなった。
八木 啓代(やぎ のぶよ、1962年1月13日 - )は、大… 八木 啓代(やぎ のぶよ、1962年1月13日 - )は、大阪府生まれのラテン歌手、作家、エッセイスト、ジャーナリスト、音楽コーディネータ、「健全な法治国家のために声をあげる市民の会」会長。 ラテンジャズ・バンド、ハバタンパ (HAVATAMPA) のリードヴォーカル。(ローマ字で苗字はYagiとなるが、活動地域であるラテンアメリカ(スペイン語)向けにYaguiとも綴る) 北野高校、京都外国語大学イスパニア語学科卒業。在学中、政府交換留学生としてメキシコのグアナフアト州立大学で学ぶ。この頃、旅行費用を捻出するために、初期の「地球の歩き方」の執筆に参加するなど、「バックパッカーとして伝説的な存在」であったともいう。
横島 昇(よこしま のぼる、1953年 ‐ )は、日本の英文… 横島 昇(よこしま のぼる、1953年 ‐ )は、日本の英文学者、翻訳家、小説家。 フランシス・キング(英語版)を中心に英文学の評論・翻訳、また脚本や小説など文筆活動を行う。著書に『フランシス・キング 東西文学の一接点』(1995年)、『ガラシャの祈り』(2019年)『薔薇の象徴』(2023年)、訳書に『フランシス・キング作品集 日本の雨傘』(1991年)、『炎の恋人』(2019年)など。 京都府京丹後市出身。京丹後市弥栄町和田野在住。1976年(昭和51年)京都外国語大学英米語学科卒業、1980年(昭和55年)京都外国語大学大学院修士課程修了。 小学生の頃に学校の先生に文才があると褒められたことから作家を志し、宮沢賢治や三島由紀夫の作品の影響を強く受けた。
庄司 浅水(しょうじ せんすい、1903年11月10日 - … 庄司 浅水(しょうじ せんすい、1903年11月10日 - 1991年9月7日)は、日本の書誌学研究家、ノンフィクション作家。ミズノプリンティングミュージアム名誉館長。日本出版学会、日本ペンクラブ、グロリアクラブ、各会員である。 元京都外国語大学専任講師。書物研究の傍ら、世界の奇談を紹介した。 宮城県仙台市出身。本名は喜蔵。三田英学校(現在の錦城学園高等学校)卒業。1925年、南葵音楽文庫に勤務。 1929年に「ぐろりあそさえて」から実質的な処女作『書籍装釘の歴史と実際』を刊行。1930年に装釘同好会を結成。1931年に佐々木幸四郎、斎藤昌三らと雑誌「書物展望」を創刊。また、書誌出版を志してブックドム社を設立。