大工園 彩夏(だいくぞの さやか、2000年8月3日 - )… 大工園 彩夏(だいくぞの さやか、2000年8月3日 - )は、日本の女子バレーボール選手である。 鹿児島県出身。テレビで試合を見たのがきっかけで、小学3年生からバレーボールを始めた。 2016年、鹿児島県立鹿児島南高等学校に進学。2018年、ジュニア日本代表に選出され、アジアジュニア選手権 (en) に出場してチームの優勝に貢献し、自身もベストリベロ賞を受賞した。2019年、鹿屋体育大学に進学。2020年、全日本大学選手権大会(全日本インカレ)でチームの優勝に貢献し、自身もベストリベロ賞を受賞した。2022-23シーズン、V.LEAGUE DIVISION1 WOMEN(V1女子)に所属するNECレッドロケッツの内定選手となった。
有村 涼美(ありむら すずみ、1999年9月17日 - )は… 有村 涼美(ありむら すずみ、1999年9月17日 - )は、日本の元女子バレーボール選手である。 鹿児島県霧島市出身。両親と姉の影響で小学1年生からバレーボールを始めた。 2015年、鹿児島女子高等学校に進学。2年時の2017年1月、全日本高等学校選手権大会(春高バレー)でベスト4の成績を残した。2018年、鹿屋体育大学に進学。3年時の2020年、全日本大学選手権大会(全日本インカレ)で優勝を果たした。 2021-22シーズン、V.LEAGUE DIVISION2 WOMEN(V2女子)に所属するプレステージ・インターナショナルアランマーレの内定選手となった。内定選手としてV2女子の試合に出場し、Vリーグデビューを果たした。
安田 睦実(やすだ むつみ、1996年6月13日 - )は、… 安田 睦実(やすだ むつみ、1996年6月13日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 鹿屋体育大学時代は主将を務めた。 2019年2月7日、ヴィクトリーナ姫路公式サイトにて、安田のマックスバリュ姫路ヴィアーレ(下部組織育成チーム)への入団内定が発表された。 2019年10月4日、ヴィクトリーナ姫路公式サイトにて、安田と兒島晴香の昇格が発表された。育成チームであるマックスバリュ姫路ヴィアーレからヴィクトリーナ姫路へ加入する選手はこの2名が初となる。 2020年5月19日、ヴィクトリーナ姫路公式サイトにて現役引退と、チームのU16アシスタントコーチ就任が発表された。 V.LEAGUEの個人成績は下記の通り(交流戦・プレーオフを含む)。
赤星 七星(あかほし ななせ、1995年1月7日 - )は、… 赤星 七星(あかほし ななせ、1995年1月7日 - )は、日本の女子バレーボール選手である。 熊本県熊本市出身。先生に誘われて小学4年生からバレーボールを始めた。 2010年、熊本市立必由館高等学校に進学。2012年、ジュニア日本代表に選出され、第16回アジアジュニア選手権に出場した。2013年、鹿屋体育大学に進学。同年、全日本大学選手権大会(全日本インカレ)で優勝。4年時の2016年、全日本インカレで3年ぶりの優勝を果たし、自身もセッター賞を受賞した。 2018年、福岡県に新設されたクラブチームの福岡春日シーキャッツ(現・カノアラウレアーズ福岡)に入団した。2021年3月の所属選手全員退団を経てクラブチームの福岡ギラソールに移籍した。
宇田 沙織(うだ さおり、現姓・石坂、1993年1月16日 … 宇田 沙織(うだ さおり、現姓・石坂、1993年1月16日 - )は、日本の元女子バレーボール選手、指導者。 大分県佐伯市出身。小学2年のとき、近所のお姉さんに誘われたことをきっかけにバレーボールを始めた。 中学はバレーボール強豪校である諫早市立諫早中学校に進学。 高校は地元大分県の全国レベルの強豪校である東九州龍谷高等学校に進学。3年間、出番らしい出番はなかったが、最後の大会となる2011年1月の第63回全日本バレーボール高等学校選手権大会に出場し同校の春高四連覇に大きく貢献。 鹿屋体育大学に進学。 2014年12月1日、PFUブルーキャッツへの入団内定が発表された。同期入団は石橋朋美、清水眞衣ら。
中大路 絢野(なかおおじ あやの、女性、1991年7月24日… 中大路 絢野(なかおおじ あやの、女性、1991年7月24日 - )は、日本のバレーボール選手。Vプレミアリーグ久光製薬スプリングス所属。
石橋 里紗 (いしばし りさ、1990年2月3日 - )は、… 石橋 里紗 (いしばし りさ、1990年2月3日 - )は、日本の元女子バレーボール選手である。 島根県松江市出身。ママさんバレーをしていた実母の影響で小学4年次からバレーボールを始めた。高校は中国地方の強豪校である就実高等学校に進学し、全国高等学校バレーボール選抜優勝大会やインターハイに出場経験を持つ。同校卒業後は鹿屋体育大学に進学した。 2010年12月に行われた全日本バレーボール大学男女選手権大会では上屋敷綾、田中涼子らとともにチーム初優勝を果たした。 2011年12月、全日本バレーボール大学選抜男女東西対抗戦2011にてキャプテンを務め、敢闘選手賞を受賞。 2012年2月、V・プレミアリーグの久光製薬スプリングスは石橋らの入団内定を発表した。
永田 唯(ながた ゆい、女性、1988年12月10日 - )… 永田 唯(ながた ゆい、女性、1988年12月10日 - )は、日本のビーチバレーボール選手。スポーツクラブNAS所属。 鹿児島県鹿児島市出身。鹿屋体育大学にスポーツ推薦で入学するも、肌が合わずに退部。男子バレー部にあったビーチバレーボールコートに目が止まり、ビーチバレーボールに転向した。コーチがいない上に部活動ではなく自主活動で、同様にバレー部を退部した先輩と2名だけという環境で毎日トレーニングに励んだという。 4年次の2010年には、全日本ビーチインカレで優勝し、一躍脚光を浴びた。 2011年、石田アンジェラとペアを組み、ユニバーシアード代表で出場したが25位に終わる。同年9月、JBVツアー第4戦で草野歩とペアを組みデビューし、いきなり3位入賞を果たした。
田中 涼子(たなか りょうこ、1988年7月15日 - )は… 田中 涼子(たなか りょうこ、1988年7月15日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 岡山県倉敷市出身。バレーボールをしていた母親の影響もあり高身長だったので、小学2年次よりバレーボールを始める。 鹿屋体育大学進学後は、1年次からレギュラー選手として活躍。同チームのポイントゲッターとして、2010年の九州大学バレーボールリーグ春秋連続優勝に貢献。 2010年12月の全日本インカレでは、同級の上屋敷綾とともに九州勢初優勝に大きく貢献し、自らもベストスコアラー賞を獲得した。 2011年4月Vチャレンジリーグの大野石油広島オイラーズに入団、2012年の2011/12 Vチャレンジリーグにおいてベストスコアラー部門で3位となり、チーム最高位タイとなる4位獲得に大きく貢献した。
徳川 恵理(とくがわ えり、1984年1月22日 - )は、… 徳川 恵理(とくがわ えり、1984年1月22日 - )は、日本の元女子バレーボール選手、指導者。 熊本県菊池市出身。母親の勧めで中学1年よりバレーボールを始める。 熊本信愛女学院高等学校在学中、春高バレーに出場。2005年、ユニバーシアードイズミル大会に出場した。 2006年、久光製薬スプリングスに入団したが、2009年に三洋電機レッドソアに移籍した。2011年5月、退団。 2021年から、熊本県立熊本商業高校で女子バレーボール部監督を務めている。
畑 信也(はた しんや、1979年12月6日 - )は、京都… 畑 信也(はた しんや、1979年12月6日 - )は、京都府出身の日本のプロビーチバレーボール選手(元インドアバレーボール選手)・ファッションモデルである。グランディア所属。 洛陽工業高校で春高バレーボール、インターハイなど全国大会に出場。鹿屋体育大学在学中、ぴあカップに参加。優勝を果たす。ユニバーシアードにも参加。卒業後、ビーチに本格転向。国内外を転戦し活躍。2007年3月からは、モデル活動も開始。東レ・デサントの水着キャンペーンボーイに選ばれた。 バレーボール(春高バレー・インターハイ出場)、ビーチバレーボール、スノーボード、バスケットボール、スポーツ全般、大食い。 絵画、サイクリング、音楽・映画鑑賞 教員免許、普通自動車免許、中型自動二輪免許
井村 仁美(いむら ひとみ、1979年5月14日 - )は、… 井村 仁美(いむら ひとみ、1979年5月14日 - )は、日本の元女子バレーボール選手、指導者。 宮崎県延岡市出身。小学2年よりバレーボールを始める。宮崎日大高校在学時にはインターハイや春高バレーなどを経験。 鹿屋体育大学在学中には、全日本インカレ2年連続準優勝に貢献し、自らもレシーブ賞を獲得した。2001年、Vリーグ武富士バンブーの内定選手となる。 2003年、第9回Vリーグにおいて新人賞に輝いた。また2004年から2006年にかけてチーム主将を務めた。2007年、現役引退。 2014年5月、デンソーエアリービーズのコーチに就任。 2016年10月、デンソーエアリービーズで選手兼コーチとして9年ぶりの現役復帰を発表した。
小川 貴史(おがわ たかし、1978年12月11日 - )は… 小川 貴史(おがわ たかし、1978年12月11日 - )は、日本の元男子バレーボール選手、指導者。 南山高校を卒業後、鹿屋体育大学へ進学。ビーチバレー選手のベテラン高尾和行とペアを組んで出場した2001年のビーチバレージャパンで優勝した。 2003年に三好循環器科EKG(2006年より大分三好ヴァイセアドラー)へ入団。V1リーグ時代の2006年にはチームの初優勝に貢献し、最優秀選手賞と得点王を獲得。Vプレミアリーグ昇格の原動力となった。 2008年のチャレンジ!おおいた国体では炬火リレーランナーに選ばれ、アーチェリー選手の松下紗耶未とともに最終炬火ランナーを務めた。 大分三好ではチームのキャプテンを務めていたが、2009年からコーチ兼任選手になった。
江口 理代(えぐち まさよ、1976年2月5日 - )は、日… 江口 理代(えぐち まさよ、1976年2月5日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 宮崎県宮崎市出身。中学校1年生からバレーを始め、宮崎日大高校から鹿屋体育大学を経て、鳥栖久光に所属するまでは高校の教員をしていた。久光製薬スプリングスではチーム屈指のマルチプレーヤーとして第8回Vリーグ優勝に貢献。2004年久光退団後、故郷宮崎県で会社勤めをしていたが、2005年当時の監督アリー・セリンジャーに請われてパイオニアレッドウィングスで現役復帰し、同年の第12回Vリーグ優勝に貢献した。 2006年、全日本代表候補に選出されたが、膝の故障を理由に辞退している[リンク切れ]。 2008年5月、パイオニアを退団し、現役引退した。
津曲 勝利(つまがり かつとし、1975年11月2日 - )… 津曲 勝利(つまがり かつとし、1975年11月2日 - )は、日本の元バレーボール選手、現指導者。 宮崎県串間市出身。本人の希望で福島小学3年よりバレーボールを始める。 鹿屋体育大学卒業後、一時期准看護師を志しながら病院に勤務し、その傍ら、病院のバレーボールチームである三好循環器科EKGに在籍していたが、当時からレシーブが上手く、噂を聞きつけたサントリーサンバーズの関係者にその実力を見込まれ、リベロとしてサントリーに移籍することになった。 1999年8月19日の全日本親善試合で試合中にチームメイトとの激突で転倒し、右肘下じん帯を損傷し入院した。 2001年全日本代表入り。2008年、オリンピック最終予選および16年ぶりの出場となる北京オリンピックで活躍した。
森田 麻実子 は、日本の元女子バレーボール選手。
上屋敷 綾 は、日本の元女子バレーボール選手。