新保 富美子(しんぽ ふみこ、1956年11月14日 - 、… 新保 富美子(しんぽ ふみこ、1956年11月14日 - 、現姓は齋藤)は、日本の元卓球選手。カット主戦型。現役時代は日本代表として世界卓球選手権で銀メダル獲得。国際卓球連盟世界ランキング最高位は8位。 東奥女高、富士短大卒業。北海道拓殖銀行に所属。 1973年度、全日本卓球選手権大会ジュニアの部で準優勝。 1974年度、テヘラン (イラン) で開催されたアジア競技大会卓球競技では団体(英語版)で枝野とみえ、大関行江、高橋省子らとともに銅メダル。全国高等学校選抜卓球大会でシングルス優勝。 1978年度、バンコク (タイ) で開催された1978年アジア競技大会卓球競技(英語版)では団体で小室恵子、千葉良子、長洞久美子らとともに銅メダル。
小野 智恵子(おの ちえこ、1953年 - 、現姓・岩田)は… 小野 智恵子(おの ちえこ、1953年 - 、現姓・岩田)は、日本の元卓球選手。現役時代は日本代表として世界卓球選手権に出場。 富士短大在学時の1972年度、全日本大学総合卓球選手権大会ではシングルスで優勝。 第一勧業銀行在籍時の1974年度、全日本社会人卓球選手権では長洞久美子と出場した女子ダブルスで初優勝。全日本卓球選手権大会シングルス決勝では横田幸子に0-3で敗れ準優勝。葛巻まゆみと出場した女子ダブルス決勝で小野文子 / 鎌倉由美子組を2-0で下し優勝。 1975年度、カルカッタ (インド) で開催された第33回世界卓球選手権では枝野とみえと出場した女子ダブルス準々決勝でエルミラ・アントニアン(英語版) / タチアナ・フェルドマン(英語版)組 (ソビエト連邦) に2-3で敗退。
西村 卓二(にしむら たくじ、1948年8月14日 - )は… 西村 卓二(にしむら たくじ、1948年8月14日 - )は兵庫県多可郡黒田庄町(現在の西脇市)出身の卓球指導者。現在、東京富士大学の教授で同大学の卓球部も指導している。女子日本代表監督を2001年より務めて2003年の世界卓球選手権ドーハ大会では銅メダルを日本にもたらした。関東学生卓球連盟理事長も務めている。 兵庫県多可郡黒田庄町(現在の西脇市)で生まれ、6歳から富山県で暮らす。卓球は富山市立南部中学校2年の時に始めた。富山県立富山商業高等学校に進学し北信越大会で優勝を果たし全日本ジュニアでもベスト8に入った。高校卒業後サラリーマンとなったがその後中央大学に進学し卒業後、1970年代初めより富士短期大学(現東京富士大学)卓球部の指導者となった。
水村 治男(みずむら はるお、1938年10月15日 – 2… 水村 治男(みずむら はるお、1938年10月15日 – 2024年8月22日)は、日本の卓球指導者。東京都江東区出身。 東京都江東区生まれ、 昭和26年江東区立八名川小学校卒業、昭和29年江東区立深川第二中学校卒業、昭和33年関東商工高等学校(現在の関東第一高等学校)卒業、昭和37年國學院大學卒業。 卓球選手としての活動を経て、 1970年代初頭より東京富士大学(旧・富士短期大学)女子卓球部の指導を開始した。西村卓二とともに、同部を関東学生リーグ優勝10回、全日本大学総合卓球選手権(インカレ)優勝4回、全日本団体戦優勝3回に導くなど、長年にわたり国内の学生卓球界を支えた。。 指導経験を活かした卓球技術書・練習書の執筆にも取り組み、以下のような著作がある。
枝野とみえ(えだの とみえ)は、日本の卓球選手。富士短期大学… 枝野とみえ(えだの とみえ)は、日本の卓球選手。富士短期大学出身。 岩手県下閉伊郡川井村立中学校箱石中学校から、久保学園高校を経て、富士短期大学に進学した。高校3年時の1971年のインターハイでは選手宣誓を行っている。大学1年時に月刊「卓球レポート」のインタビューを受けた。 1973年、世界卓球選手権サラエボ大会の団体で3位、阿部多津子との女子ダブルスで3位となった。 また同年の全日本学生卓球選手権の女子シングルスで優勝、インカレでも優勝しMVPに選ばれた。また、全日本卓球選手権大会では長洞久美子との女子ダブルスで優勝した。 短大卒業後は、川徳デパート東京事務所に所属した。1974年には、アジア卓球選手権では女子シングルス、河野満との混合ダブルス、女子団体で優勝、女子ダブルスで3位となった。
橘川 美紀(きつかわ みき)は、日本の元卓球選手。現役時代は… 橘川 美紀(きつかわ みき)は、日本の元卓球選手。現役時代は日本代表としてアジア競技大会卓球競技でメダルを獲得。全日本卓球選手権大会では女子ダブルスで優勝3度。 神奈川県・京浜女商高在学時の1982年度、全日本選手権ジュニアの部決勝で森真紀子を2-1で下し優勝。 1983年、高校総体では高橋真由美と出場した女子ダブルス、団体で優勝。 富士短大在学時の1984年度、全日本選手権では斉藤美香子と出場した女子ダブルス決勝で名和史 / 高橋頼子を2-0で下し初優勝。 1985年度、第38回世界卓球選手権に出場。全日本選手権では斉藤と出場した女子ダブルス決勝で山下さとみ / 幸野信子組に0-2で敗れ準優勝。
神田 絵美子(かんだ えみこ)は、日本の元卓球選手。現役時代… 神田 絵美子(かんだ えみこ)は、日本の元卓球選手。現役時代は日本代表として世界卓球選手権に出場。全日本卓球選手権大会では女子ダブルスで4連覇。国際卓球連盟世界ランキング最高位は30位。 1976年度、国民体育大会卓球競技では少年女子の部で青森県代表として優勝。 富士短大在学時の1978年度、全日本学生卓球選手権大会ではシングルス優勝。 富士短大教員時の1980年度、全日本社会人卓球選手権でシングルス、山下恵子と出場した女子ダブルスで優勝。※以降、ダブルスのペアは特記がない限り山下。全日本選手権では女子ダブルス決勝で岩田浩子 / 秋和百合子組を2-1で下し初優勝。 日産自動車所属時の1981年度、ノヴィ・サド (ユーゴスラビア) で行われた第36回世界卓球選手権では小野誠治と出場した混合ダブルスで16強。
長洞 久美子(ながはら くみこ)は、日本の元卓球選手。現役時… 長洞 久美子(ながはら くみこ)は、日本の元卓球選手。現役時代は日本代表としてアジア競技大会卓球競技に出場し、メダルを獲得。 富士短大在学時の1973年度、全日本卓球選手権大会では枝野とみえと出場した女子ダブルス決勝で阪本礼子 / 森田るみ子組を2-0で下し優勝。 1974年度、全日本社会人卓球選手権では小野智恵子と出場した女子ダブルスで初優勝。 1976年度、社会人選手権で小野と出場した女子ダブルスで2度目の優勝。 第一勧業銀行在籍時の1977年度、全日本選手権シングルス決勝で小野文子を3-2で破り優勝。 1978年度、バンコク (タイ) で行われたアジア競技大会卓球競技(英語版)ではシングルス、小室恵子と出場した女子ダブルス、小室・新保富美子・千葉良子と出場した団体でいずれも銅メダル。