毛利 子来(もうり たねき、1929年11月27日 - 2017年10月26日)は、日本の小児科医。子供・障害児に関する著書を多数刊行している。 千葉県生まれ。父は内科医。名前の由来は詩経の中の「霊台」の箇所に出てくる成語である。帝が民の楽しみのために霊台の建設を企てて呼びかけたところ、女子どもまでもがやってきたというくだりから取られたもので、「子どももやって来る」の意。大抵、「子来」を「たねき」と読んでもらえないので、自ら「たぬき先生」と称していた。父親は第二次世界大戦の終了3日前に戦場で拳銃自決した。戦時中、岡山県の母方の祖父母に預けられるが、祖父は病死し、祖母も重症の火傷を負っていた。苦学して、岡山医科大学(現・岡山大学医学部)を卒業。
出典:ウィキペディア「毛利子来」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
