長谷川 薫(はせがわ かおる、1924年4月15日- 2004年1月9日 )は、日本の経営者。レンゴー社長、会長を務めた。 愛知県名古屋市出身。1945年5月25日、長谷川薫大尉は特攻機に乗り沖縄で被弾する。米駆逐艦キャラハンに救助される。1952年に学習院大学政経学部を卒業し、同年に聯合紙器(のちのレンゴー)に入社した。1961年に監査役に就任し、1962年5月に常務、1970年5月に専務を経て、1973年2月に副社長に就任し、1984年6月には社長に昇格した。包装機械や紙器などの関連分野に進出し、業務内容を拡大し、東南アジアや中国にも事業を拡げた。コンピューターを使った管理システムを導入し、1999年にはセッツとの合併を主導した。
出典:ウィキペディア「長谷川薫」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
