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内藤克俊

ないとう かつとし
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内藤 克俊(ないとう かつとし、1895年〈明治28年〉2月25日 - 1969年〈昭和44年〉9月27日)は、広島県広島市本川町(後の中区本川町)出身のレスリング選手。柔道家で最終位は七段。1924年パリオリンピックで、日本唯一のメダルを獲得(銅メダル)し、日本レスリングの始祖となる。これが、日本がその後レスリングが「お家芸」と称されるようになる歴史の第一歩となった。 生後半年で陸軍将校の父を亡くす。陸軍関係の子女が通う広島済美小学校(広島偕行社付属済美学校)入学後に母も急逝、台湾に嫁いだ長姉を頼って海を渡る。寂しがり屋の内藤に、姉は柔道を習わせた。台北一中(のちの建国中学)に進み、柔道に精を出し在台湾中に初段を獲る。

出典:ウィキペディア「内藤克俊」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋