渡辺 武雄(わたなべ たけお、1914年9月24日 - 2008年3月17日)は、日本の演出家、振付家。第二次世界大戦後、長く宝塚歌劇団で活動し、名誉理事となった。 台湾の台北市生まれ。 1933年、関西学院大学に入学して劇研究会に所属し、同期生であった高木史朗に紹介された白井鐵造の助言で、出口秀子に師事してバレエを学ぶ。 1938年、大学を中退して上京し、高木史朗に紹介された日劇ダンシングチームの振付家・益田隆の助手となり、1940年には東宝舞踊隊公演『燃ゆる大地・台湾』で、初めて本格的な演出を手がけた。 その後、活動の拠点を東京から大阪へ移し、大阪松竹少女歌劇団 (OSK) を経て、1946年に大阪・梅田劇場の東宝ダンシングチーム設立に参画するとともに、関西学院大学に復学して1949年に卒業した。
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