矢嶋 三義(やじま みよし、1911年(明治44年)11月16日 - 1996年(平成8年)4月19日)は、昭和期の教育者、労働運動家、政治家。参議院議員(2期)。旧姓は安部。 大分県直入郡、現在の竹田市で安部家に生まれる。1933年(昭和8年)九州帝国大学附設教員養成所数学科を卒業した。 下野中学校教諭、栃木県立宇都宮中学校教諭、福岡県立八女中学校教諭、長崎県立長崎中学校教諭、熊本県立熊本中学校教諭、熊本県立熊本高等学校教諭などを務めた。 労働運動に加わり、熊本県教職員組合委員長、日本教職員組合九州地協委員長、熊本県学生協同組合理事長、同県教育会長などを務めた。 1950年(昭和25年)6月の第2回参議院議員通常選挙で全国区に無所属で出馬して当選し、1956年(昭和31年)7月の第4回通常選挙で全国区に日本社会党公認で出馬して再選され、参議院議員に連続2期在任した。
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