有馬 忠三郎(ありま ちゅうさぶろう、1879年(明治12年)3月4日 - 1958年(昭和33年)6月2日)は、日本の弁護士、弁理士。法学博士。貴族院勅選議員。帝国弁護士会理事。 香川県大内郡丹生村(現:東かがわ市)出身。有馬米次郎の六男。1904年(明治37年)京都帝国大学法科大学独法科を卒業。1912年、分家して一家を創立する。 弁護士・弁理士事務所を開業し、後には第一東京弁護士会会長を務めた。1917年(大正6年)からは東京帝国大学農学部講師を務めた。1922年(大正11年)論文『不正競業論』で法学博士の学位を授与された。その他、高砂生命保険(のち三井生命保険)、復興建築助成各監査役や日本石油顧問などを務めた。
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