金子 正且(かねこ まさかつ、1918年6月7日 - 2007年11月21日)は、日本の映画プロデューサー。群馬県出身。 1946年に京都帝国大学卒業と同時に東宝撮影所へ入社。戦争中は一度退社し、宇部興産(現・UBE)に勤務する。戦後再び東宝に入社するが、東宝争議で藤本真澄とともに再び退社し、藤本プロを経て1957年に東宝へ契約者として三たび入社し、並木透の名前で原作や脚本を手掛けた。しかし藤本の死で独立し、銀座の名画座「並木座」の代表取締役、ヨコハマ映画祭の審査委員長を務めた。 この項目は、映画関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ映画)。
出典:ウィキペディア「金子正且」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
