吉川 元光(きっかわ もとみつ、明治27年(1894年)11月12日 - 昭和28年(1953年)2月19日)は、明治時代から昭和にかけての華族。爵位は子爵。毛利家の一門・旧岩国藩主吉川家当主。旧名・吉川光。父は吉川重吉、妻は吉川経健の娘、芳子。弟に宮内庁官僚で宮中儀礼の専門家の吉川重国。子に吉川重喜、吉川光喜。孫に吉川重幹・吉川重廣。 岩国藩主吉川家の一族、吉川重吉の子として生まれた。明治42年(1909年)、男子のなかった伯父で吉川子爵家当主の吉川経健の養子となった。大正6年(1917年)に経健の娘芳子と結婚する。大正9年(1920年)に京都帝国大学を卒業した。 小野田セメント、義済堂、岩国電気軌道の株主であり、また資産家でもあった。
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