木村 惇(きむら あつし、1891年〈明治24年〉10月30日 - 1969年〈昭和44年〉2月12日)は、日本の政治家、内務・外務官僚・外交官。京都府知事を務めた。 1891年10月、宮城県で平民・木村精造の長男として生まれる。旧制第二高等学校を経て、1915年に京都帝国大学法科大学政治科を卒業。 1914年に高等文官試験に合格し、1915年に内務省に入省。東京府内務部農商課長を務めたのち、外交科試験以外の合格者を採用する「門戸解放」の一環として、外務省に転じ、欧米局第一課事務官、在アメリカ合衆国大使館三等書記官・二等書記官、亜細亜局事務官、文化事業部事務官、文化事業部第一課長、第二課長、文化事業部文部書記官、シカゴ領事、マニラ総領事、在ポーランド公使館一等書記官、在ポーランド大使館一等書記官、フィリピン協会常務理事を務めた。
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