玉上 琢弥(たまがみ たくや、1915年3月24日 - 1996年8月30日)は、日本の国文学者。谷崎潤一郎の『源氏物語』現代語訳の監修者であり、自身も『源氏物語』の現代語訳を完成させた。学位は、文学博士(京都大学)。大阪女子大学名誉教授。 東京生まれ。旧制浪速高等学校卒業後、京都帝国大学国文科で、澤瀉久孝の教えを受ける。京都帝国大学国文科卒業。1939年、同大学院在学中、『源氏物語』現代語訳を完成した谷崎潤一郎が京大国文科の招きで話をした時に連なっていた。戦後、京大国文科助手を務めていた1951年から、谷崎の新訳の手伝いをし、事実上の監修者となった。その時期すでに「源氏物語音読論」を書いており、後の谷崎版の新々訳が「ですます」体になったのは、玉上の影響ではないかと言われている。
出典:ウィキペディア「玉上琢弥」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
