富家宏泰(とみいえ ひろやす、1919年〈大正8年〉7月1日 - 2007年〈平成19年〉12月21日)は、戦後日本を代表する建築家。香川県生まれ。 1919年7月、香川県に生まれて間もなく、一家は朝鮮半島へと移住した。しかし、富家の幼少時、外地でまん延したチフスが原因で一家は子供を除いて全滅してしまった。引き揚げた富家は京都下鴨にある親族の家庭に引き取られて育った。その後、京都府立第一中学校を1937年(昭和12年)に卒業、第三高等学校(理科甲類、1942年卒業)を経て京都帝国大学建築学部(現・京都大学工学部建築学科)へ進学した。入学後ほどなく徴兵され北満州への従軍を余儀なくされたものの、終戦後は復学して建築学科を卒業。
出典:ウィキペディア「富家宏泰」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
