服部 謙太郎(はっとり けんたろう、1919年 <大正8年> 4月6日 - 1987年 <昭和62年> 9月1日)は、日本の経営者。服部時計店(現・セイコーグループ)の第4代社長・会長を務めた。位階は正四位。 東京都出身。慶應義塾幼稚舎、慶應義塾普通部、慶應義塾大学予科を経て、1940年に慶應義塾大学経済学部を卒業。 終戦後の1946年4月、京都帝国大学文学部に入学。1949年に京都大学文学部国史学科卒業。卒業後、日本中世史の研究を継続するために京大3年次から東京に戻り、通い続けてきた東大史料編纂所への入所を希望したが、採用者がなく、紆余曲折の末に1950年、母校の慶大経済学部副手に採用。1951年、同経済学部助教授に昇格するも、翌1952年度限りで辞職した。
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