照屋 寛善(てるや かんぜん、てるや ひろよし、1920年1月21日 - 2004年7月31日)は、日本の医師である。戦後の沖縄の医療界の発展に尽し、沖縄の古典芸能を研究した。琉球大学名誉教授。 1920年1月沖縄県首里に生まれる。1942年九州医専(現久留米大学)卒業。内科の軍医になり南洋のナンボン島などに駐留。1946年復員、九州医専で勉強、後沖縄に帰る。宜野座の松田診療所勤務。沖縄には医師が少なく過労気味であったので1950年にそのことを訴えた。この反響は大きかった。既に始まっていた医学部留学制度は、50年には2回も募集があり、また、本土で勉強している沖縄出身の医師も帰還した人もいる。真和志診療所勤務。
出典:ウィキペディア「照屋寛善」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
