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浅

浅野均一

あさの きんいち
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浅野均一(あさの きんいち、1901年〈明治34年〉10月5日 - 1984年〈昭和59年〉12月13日)は、日本の医師、陸上競技指導者、スポーツ行政官。昭和期の日本陸上界を牽引し、国際復帰にも尽力した。荻窪病院理事長、日本陸上競技連盟名誉会長、日本オリンピック委員会(JOC)委員を歴任。医学博士。 1901年、東京市四谷区(現・東京都新宿区)に生まれる。慶應義塾大学医学部を1926年(大正15年)に卒業し、同大学にて医学博士号を取得。後に慶應義塾大学体育研究所教授を務め、退任後は名誉教授に就任した。 大学在学中から陸上競技(短距離)選手としても活動し、1923年(大正12年)の第6回極東選手権競技大会(マニラ)にて1600メートルリレー優勝メンバーとして国際大会で活躍した。

出典:ウィキペディア「浅野均一」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋