牧 真一(まき しんいち、1917年3月26日 - 1977年)は、1952年ヘルシンキオリンピックに日本人として初めて出場したフェンシング選手(個人フルーレ、エペ、サーブルの3種目に出場)。戦後の日本フェンシング界の礎を築いた先駆者であり、実業家としても活躍した。 京都府京都市伏見区出身。慶應義塾大学経済学部を卒業。 1952年、ヘルシンキオリンピックに日本人として初めてフェンシング個人種目に出場した。戦後の混乱期、海外渡航が極めて困難だった時代に、フルーレ、エペ、サーブルの全3種目に単身で挑んだその足跡は、後の日本フェンシング界に多大な影響を与えた。語学に堪能で国際的なマナーにも精通していたことから、競技者としてだけでなく、スポーツ外交官として海外賓客の接待や国際会議への出席など、日本のスポーツ団体を代表して外交的役割を担うことも多かった。
出典:ウィキペディア「牧真一」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
