岡田 進裕(おかだ のぶひろ、1928年6月23日 - 2014年2月19日)は、日本の政治家。兵庫県明石市長(3期)。 1928年(昭和3年)6月23日、兵庫県明石市に生まれる。神戸高等工業学校(のち神戸大学工学部を経て、現在の神戸大学大学院工学研究科・工学部)卒業。明石市役所に入り、水道部長、土地開発公社理事長、助役などを歴任する。1991年明石市長に初当選する。1995年、1999年に再選。 2001年7月21日に明石花火大会歩道橋事故が発生、多数の死傷者を出した。同年12月30日には明石市の大蔵海岸を歩いていた4歳の女児が、人工砂浜の陥没による穴に落ちて生き埋めになり、明石市立市民病院に救急搬送されたが、意識が戻らないまま翌2002年5月26日に死亡した(明石砂浜陥没事故)。
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