寺田 周平(てらだ しゅうへい、1975年6月23日 - )は、日本の元プロサッカー選手。サッカー指導者。現役時のポジションはディフェンダー。神奈川県横須賀市出身。 日産自動車サッカー部の下部組織で本格的にサッカーを始める。その後、神奈川県立横須賀高等学校から東海大学へ進学。在学中はサッカー部自体は関東2部や神奈川県リーグに所属していたが、1995年に開催されたユニバーシアード福岡大会でサッカー競技代表の中心選手として日本の大会初優勝に貢献し、プロからも注目を浴びる。卒業後は日産サッカー部の後身、Jリーグの横浜マリノス(現在の横浜F・マリノス)への入団が内定していたが、メディカルチェックで頸椎に問題が発見されて不合格となり、1年間の浪人生活を過ごした。
出典:ウィキペディア「寺田周平」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
